第157話 コウテイ……?

「ここにいたか」


 現れたのは、以前ここを訪れた帝国人の二人だった。

 武官風の男が、当然のように一番奥の座席に腰をどかっと下ろした。その横に、ぴったりと文官風の男が寄り添っている。


「ダグラ。エルフの件はどうだ?」


 文官風の男の言葉に、アルトは思わず息を呑む。

 ……しまった、忘れてた!


「ワシらは知らん」

「そうか? 最近精力的に動き回ってると思ったんだが。それじゃあ、エルフに国外退去命令を出すが、いいな?」

「…………」


 そうなってしまえば、最高の武器を作る環境が失われてしまう。

 ダグラが苦渋の表情を浮かべた。

 けれど1ヶ月間、通告を受けてから時間は十分あった。


(しまった。最低でもなんらかの見通しはつけておくべきだった)


 アルトは駄目元で口を開く。


「国外退去を避けるには、税金を支払えばいいんですよね?」

「ん、まあ、そうだな」

「税金は全部でいくらくらいになりますか?」

「全員分で金貨25枚だ」


 ユーフォニアより高いが、それは帝国の物価が高いためだ。


「そのお金、1年分だけ僕が立て替えてはいけませんか?」

「ほぅ」


 武官風の男の目つきが途端に鋭くなった。

 ただそれだけで、全身に鳥肌が立った。


「お前の名前は……アルトだったか?」

「はい」

「お前が金貨25枚を立て替えるのか?」

「ええ。25枚までなら」

「さすがは教皇庁指定排除因子No7だな」

「――ッ!?」


 その言葉を受けて、アルトの身が強ばった。背後に控えるリオンに緊張が走る。シトリーは、態度を決めかねているようだ。

 もし荒事になったら迷わず逃げてと、アルトはリオンとシトリーに視線を送った。


「ユーフォニア12将魔聖ガミジンとの対決に、ワイバーン3万匹の討伐。ずいぶんと派手に動き回ってるじゃねぇか」

「どうしてそれを……」


 追尾されていたのだとすれば、密偵はかなり腕の良い人物だ。アルトはまったく気づかなかった。


(……いや、違う)


 アルトは首を振る。

 彼の言葉は、明らかにおかしい。


 雰囲気に圧されてすぐに気がつけなかったが、彼は〝この世界の人間ならばまず間違いなく言わない台詞〟を口にしている。


 男が椅子に深くもたれかかる。

 取引相手にしては態度が尊大だ。

 しかし、不思議と彼の姿勢は堂に入っていた。


「若干15歳であの12将魔聖ガミジンを退治しやがったんだって、ありゃホントか?」

「え、ええ……」

「さすが、教皇庁が排除命令を出すだけはあるってとこか。興味深い」


 ――やはりおかしい。


 普通は、アルトの功績は絶対に誰も認知出来ない。教えても、忘れられる。

 なのにこの男は、それを知っている。

 現実にあったことだと認識している。


「どうしてそのことを――」

「認識できているのか、か?」

「――っ!?」

「ふっ。どうしてだと思う?」


 男が挑発的な表情を浮かべた。

 いつでもかかってこい。そんな印象を受ける。

 そんな男を守る立場なのか。隣にいる文官がおろおろとしている。


 少し考えて、アルトは相手の正面に腰を下ろした。

 対話をするにはまず、椅子に座る必要があるのだ。


「わかりませんので、教えていただけますか」

「おう。お前は何が知りてぇ?」

「そうですね。まず――あなたは誰ですか?」

「……くっくっく」


 その質問に、男が獰猛な笑みを浮かべた。


「俺がアヌトリア帝国皇帝テミス・クレイオス・アヌトリア21世と言ったら、お前は信じるか?」

「はい」

「だろうな。どうせ信じね――えっ、マジ?」


 それまで余裕の表情だった男の顔が突如困惑に変わる。


「いやいや。俺がだぜ?」

「皇帝ですよね?」

「お前は目がおかしいのか?」


 アヌトリア帝国皇帝テミス・クレイオス・アヌトリア21世。帝国民なら誰もが知る最高権力者であり、その名は世界中に轟いている。


 ――教皇庁指定危険因子No6。

 別名、最も安全な危険因子だ。


(本人……だと思ったんだけど)


 反応を見ていると、間違ではないかと不安になる。


(いや、特に命がかかった問題じゃないんだし、間違いでも良いんだけどさ。間違いだったら少し恥ずかしいな……)


「なんで俺が皇帝に見えんだよ」

「まず第一に、この部屋に来たとき、あなたは真っ先に上座に座りましたよね。ギルド長を置いて上座に座れるのは、この工房を仕切っている帝国の役人で、かつギルド長より上の職に限られます。

 次に自分が皇帝だと偽る行為ですが、これは役人が職務中に行って良いものではありません。その様なことを皇帝以外の人間がすれば不敬罪で首が飛ぶんじゃないでしょうか? ……ということから、僕は貴方が皇帝だと思いました。いかがですか?」

「つまらねぇ」

「は?」

「つまらねぇ!! ちったぁ驚けよ!! いきなり飛び込みで入ってきた男が皇帝だって名乗ったんだぜ!? うわーまじかー!! って反応してくれたっていいじゃねぇかよ!!」


 皇帝テミスがげしげしと床を踏みつけている。

 まてまて。何故この皇帝はここまでムキになってるんだ?

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