第158話 存在力を封じる指輪

「てめぇが驚く顔を見たくて見たくて、いままでずっと隠してきたのに……くすん。俺、先輩なのに、くすん。後輩がちっとも驚いてくれない……」


 いや泣くなよ、いじけるなよ。

 皇帝だろアンタ……。


「なんだか、すみません……」

「あ、いえ、こちらこそ」


 隣の文官風の男に謝られてしまった。

 こんな皇帝の隣にいるのだ。かなりの苦労人に違いない。

 アルトもリオンという爆弾がいるので彼の苦労がありありと理解出来る。


(本当に、お疲れ様です……)


「さて、なんでてめぇの事が判るかだな」


 気を取り直した皇帝が背筋を伸ばしてニヒルな笑みを浮かべる。

 そこには先ほどの雰囲気は一切ない。

 テミスは手を前に広げ、中指に填められた華奢な指輪をアルトに見せつける。


「理由はこの指輪だ。これは認識阻害の魔法を防ぐ宝具なんだよ」

「認識阻害の魔法……」

「実体はわからん。俺が勝手にそう言ってるだけだ。フォルテルニアには、人間に知覚できない不思議な力が掛けられてる。こう言うとおとぎ話のようだが、実際のことだ。この指輪を外せば、俺もテメェを認識できねぇ。すぐにテメェのことなんて忘れるだろうな。――おい」


 テミスが突然横を向き、武官の男の足を蹴った。

 蹴られた男は一切動じない。さすがである。


「目の前にいるそこの男は、ワイバーン3万匹を殺し、ユーフォニア12将のガミジンとオリアスを倒した。お前はどう思う?」

「皇帝陛下、ご冗談は顔だけにしてください」


 この文官酷いよ!

 さらっと悪口を言ってるけど大丈夫なの!?


 慌てるアルトだったが、当の本人はさして気にしていない様子だ。


「と、まあこうなる。もちろんこいつは本気で言ってる。冗談じゃないぜ?」

「皆様、皇帝がさぞご迷惑をかけるかと思われますが、冗談に付き合ってあげてください」


 懇切丁寧に頭を下げられた。

 この2人が役者や漫才師でない限り、一連のやりとりは真実とみて間違いないだろう。


「ところでそこの、細い金髪女がワイバーンを討伐したと聞いたらどう思う?」

「それは、真ですか? とても信じがたいですが……」


 疑ってはいるが、説得すれば信用する可能性が感じられる。

 アルトの対応とはまったく違う。


「比べると冗談みてぇに思えるな」


 冗談ならば、どれほどよかったか。

 世界にかけられた魔法に苦しめられ続けたアルトは、内心嘆息した。


「実績は、存在力や家格、地位に見合ったものしか認識できねえ。そこからの逸脱はなしだ。逸脱すれば、誰にも見えなくなる。喧伝しても絶対に信じねぇ。それがこの世界にかかっている魔法だ」

「その魔法から、指輪で身を守っていると? だとするなら、その宝具は神代のものですか?」

「さてな。出所は不明だが、アヌトリア帝国皇帝が代々引き継いでる。これがかなり便利でよ。誰も認識できねぇ優秀な奴らを見つけられる。スカウトして、皇帝特権で騎士の位を授ける。するとソイツ等は面白いように出世していく。たまに引き抜いたは良いが、思ったように使えなくて失敗するがな」

「……なるほど」


 これがあると、確かに魔法で実績が埋もれた人材を引き抜いて国力を底上げできる。

 最低限の存在力さえあれば、地位が上がるに従って、自然と魔法の強制力が弱まっていく。

 皇帝にふさわしい素晴らしいアイテムである。


「だからこうして、偶に時間を作っては、自ら街を視察しているわけですね」

「おおよ。部下の報告じゃ認識が阻害されてるからな。どいつもこいつも上級国民しか選びやがらねぇ」

「複製はできないんですか?」

「神代の魔道具は複雑でな、いろいろ試してはいるが、まだ実現はできそうもねぇ」

「それは、残念です」


 この指輪の効果については初耳だった。

 前回の人生でも、聞いたことがない。


 もし複製が可能なら、アルトのように世界から無視される人が救済されるのだが……。


(残念だ)


「ちなみに、こっちの指輪は全く別の効果を付与してる。なにかわかるか?」


 指輪を見ても、効果はわからない。

 ぱっと思い浮かんだのは、対暗殺用の魔道具だ。

 皇帝が街中を歩くのだ。暗殺への対処は欠かせない。


「防御系の効果ですか?」

「違うな。正解は、この通りだ」


 テミスが指輪を外すと、すぐにアルトは指輪の効果を体感した。


 ――そう、いままでがあまりのおかしすぎた。

 いや、あまりに普通過ぎたのだ。

 皇帝という地位にある者にもかかわらず、彼はこの場所に溶け込みすぎていた。


 指輪を外した途端に、先ほどまでの柔和な印象はかき消えた。

 突如、強い威圧がアルトを襲う。


 以前のアルトならば、身動き出来なくなっていただろう。それは存在力上位者特有の威圧感だった。


 威圧を受けたのはアルトだけではない。ダグラは硬直し額に油汗を浮かべている。

 後ろに控えるリオンは少し顔を歪めただけで、割と平然としている。元から存在力が高いだけあって、威圧感への耐性が高いのだ。


 シトリーは――条件反射なのだろう、膝をついて頭を垂れた。

 公爵家令嬢で元ユーフォニア12将の彼女は、目上への敬意の表し方を体に叩き込まれたはずだ。


(それにしたって、仮想敵国の皇帝に頭を垂れるのはどうなんだろう?)


「とまあ、こんな具合だな。この指輪を外したまま、街中の視察はできねぇんだ」

「そうですね」


 基本的に、息が止まるほどの威圧感は、意識しなければ現われない。

 ただ、いくら威圧感を抑えていたとしても、ただそこにいるだけで存在感がありすぎる。

 お忍びで視察に来ても、すぐにバレてしまう。それではお忍びの意味が無い。


 再び指輪を填めると、皇帝が発していた尖った雰囲気が一気に霧散した。

 どうやらこの指輪には、存在力の高さからくる威圧感や存在感を抑える機能があるようだ。


「さて、ユーフォニア12将をぶっ飛ばしたってガキがどんな奴か、気になって接触してみたんだが……、こりゃ前情報以上だな。ガキのくせに頭がえらく回る。知識もある。まるで老人みてぇだ」


 その感想にどきりとした。

 たしかに、現在アルトは前世を含めると齢八十を超えている。

 彼の見立ては、非常に正しい。


(しかし、老人か……)


 リオンといい皇帝といい、何故こんなに見た目がピッチピチでイケイケな若々しい青年を、老人と揶揄するのだろう?


「で、だ。アルト、俺に雇われねぇか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る