第159話 おいしい話

「で、だ。アルト、俺に雇われねぇか?」

「お断りします」

「即答かよ!」

「すみません」

「そんな顔すんな。別に取って喰わねえよ。で、理由があんだろ?」

「はい。詳しくは話せませんが、近いうちに帝国を出ようと思っています」


 口にした途端、ダグラの顔から生気が抜けた。

 まるで幽霊でも見たような表情をしている。


「そりゃ残念。まあ、やることがあるってんならしょうがねぇ。んじゃ、エルフの税金についての話に戻すか」


 テミスが体を僅かに前に出した。


「テメェが1年間の税金を支払ったら、エルフはどうなる? 金を稼ぐようになるのか?」

「それは……わかりません」

「テメェの行為(それ)はただの自己満足だ。やりてぇからやる。だがな、施しってのはそういうもんじゃねぇんだよ。路地裏で生活してる奴らに、1年分の生活費を与えたら、すぐにでも働けるようになるのか?」

「いえ……。でもその間に、なんとかお金を稼げるように働きかければ良いのでは?」

「そりゃ路地裏の奴らなら上手くいくかもしれねぇな。だがエルフはどうだ? 1年で、帝国のために税金を納めるようになるか? 人間のために金を稼ぎそうだったか?」

「…………」


 それは、無理だ。

 ネフィリルに多少の変化はあった。けれど、それがルミネ全体に行き届き、帝国に税金を納められるようになるには、まだまだ時間がかかる。1年じゃ、全然足りない。


「テメェが税金支払ったって、執行猶予が伸びるだけだ。その間にテメェがなんとか出来るなら俺は文句はいわねぇぜ? もしくは、テメェが金をドブに棄てても痛くもかゆくもねえなら金貨25枚、ありがたく頂くさ」


 さすがだ。

 アルトの頭にはその言葉しか浮かばなかった。


 今をしのぐところしか見えなかったアルトと違って、皇帝は後々をしっかりと考えている。

 そして無関係なアルトに、そのことをわざわざ丁寧に教えている。

 駄目な所、何故駄目か? そして、改善点だ。


 それはアルトを慮ってではない。アルトを引き入れるために、自分が有用であることを示しているのだ。

 自分ならば、お前をもっと上に引き上げられるぞ、と……。

 それがまったく厭味じゃない。

 きっと、器が違うのだ。


「……」

「じゃあその税金、オレが100年分支払うぜ」


 なにを思ったか、リオンが唐突に声を発した。


「100年分って……」

「白金貨25枚ドブに棄てるってか?」

「いいや。100年分支払うから、アンタたちがエルフをどうにかしろ」

「はっ!?」

「陛下、奴を打ち首にしても?」


 文官の男がこめかみに青筋を立てて殺気を飛ばしている。

 しかしそれにリオンは臆さない。


「師匠、オレのドラゴンの素材、まだ残ってたよな?」

「え、ええ……残ってますけど」

「それ、全部出してくれ」

「はい?」

「お、おい、ちょっと待て。ドラゴンの素材ってなんの話だ!?」

「オレたちがユーフォニアで倒したドラゴンの素材だよ」

「……マジ?」

「はい」


 これにはさすがの皇帝も言葉を失った。

 ワイバーン3万匹と言っても、その凄さはいまいち判りにくい。だが、ドラゴンといえば生態系の頂点。最強の種族である。

 皇帝であればドラゴンが如何に国の防衛上危険な存在かは重々承知しているはず。

 だから、如実に理解できてしまうのだ。


 ドラゴン討伐をなしえた人間が、如何に凄まじい武力を持っているかを。


「ドラゴンの素材を帝国に寄進する。それでエルフの税金をこの先100年免除しろ。その上で、エルフと友好な関係を築いてくれ。100年もありゃ、なんとかなるだろ?」

「なんて口聞きやがるんだ。俺ぁ皇帝だぞ?」

「そんなん知るか。今大事なのは出来るのか、出来ないのかだけだ。出来ないんだったら、ドラゴンの素材はなしだ」


 皇帝の目がダグラを見て、アルトを見て、文官を見た。せわしなく動き回り、最後に瞑目する。

 その間3秒。

 たったそれだけで、彼は今後得られる利益を計算してしまったようだ。


「たとえ100年分もらったところで、100年経たずにエルフが働きはじめりゃ、税金を掛けるぜ? 余った分は返さねぇがそれで良いか?」

「ああ。エルフと良い関係が築けるなら、それくらいポッケにないないしてもかまわねぇよ」

「よっしゃ! その話乗った!!」


 テミスが笑いながらばんっと机を叩いた。

 どうやら彼も、ドラゴンの素材、そこから作られる武具に惹かれたようだ。


 それもそうだろう。帝国はわざわざ国費を投入してドワーフを養い、好き勝手に武具を作らせているのだ。強い武具が欲しくないわけがない。


 リオンの提案は、帝国にとって最高の条件だった。


「で、本当に100年分の素材があるんだろうな? 無かった、じゃ話になんねーぜ?」

「直接確認されますか?」

「おおよ。もってこい」


 皇帝からGOサインが出たので、アルトは鞄からルゥを取り出した。


「な――!?」

「っ!!」


 ルゥを見た者は、それが誰であれ同じ反応をする。まあ、魔物を鞄から出したら驚くか。

 えへへぇ、出ちゃった♪ という反応を示すルゥにお願いし、リオンの分の素材を吐き出してもらう。


「お、おいおい、どれだけ出てくるんだよ? そのスライム、どうなってんだ!? おかしいぞそれ!!」


 皇帝の驚愕は当然だ。目の前でスライムの体積以上にぽんぽん素材を吐き出されたら、誰だって驚く。

 十数個吐き出したところで驚いた皇帝の目が、半分ほど吐き出したところで落ち着き、すべて吐き出した頃に死んだ。


「鑑定はされますか?」

「別にいいよ。全部でエルフの税金100年分にしてやらぁ……」


 驚愕に疲れたのか、手をひらひらさせるテミスの声はやや草臥れていた。


「シトリー・ジャスティスとダグラ、あとそこの馬鹿」

「誰が馬鹿だって!?」


 目を向けてもいないのに反応するとは。

 さすがは馬鹿代表、リオンである。


「アルトと話がある。悪ぃが外に出てってくれ」


 皇帝が顎をしゃくると、文官風の男が率先して部屋の扉を開いた。彼はダグラとシトリー、それにリオンに視線を向けて退出を促す。


 シトリー以外、僅かに不安げな表情を浮かべて立ち止まる。


「大丈夫ですよ」


 アルトが無言で頷くと、ダグラとリオン、それにシトリーが続いて部屋を出て行った。


「それで、僕になんのお話でしょうか?」

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