第270話 変態無双

 今年最後の更新でこのタイトル……。




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 兵士達の間で疑問が連鎖していくそんな中、3名の男女がこちらに向けて歩みよってきた。


 まさか、停戦の使者か?

 だとするなら、無駄なことだ。

 こちらがまだまだ攻められる状態で、停戦など受け入れるはずがない。

 そのような王であれば兵士達はいまごろ、ぐっすり眠ることが出来ていただろう。


 3名の男女の顔がはっきりと見える位置まで近づくと、そのなかの男が口を開いた。


「やーやー! 我こそはアヌトリア帝国二軍部隊長! アルト!」

「俺は聖天使であり伝説の勇者として君臨する世界の救世主たるリ――」

「私はマギカ」

  「ちょッ、マギカ!! 俺まだ名乗り上げてる途中だったんだけど!?」

  「五月蠅い」

  「ごべぁ!!」

「…………おほん! この地に流れた血と命を、貴殿らはどう贖うつもりか?」


 なんだあいつらは?

 1万を超える兵の前に立っているというのに、緊張感が一切感じられない。

 というか早くも隣の男1人が離脱してしま――、


  「っぷは! 危うく死ぬかと思った」


 ……生きてる!?

 シュルトで残虐の限りを尽くした兵士達は、生きてる人間と死んでる人間の区別が付くようになっている。

 彼らの目では、あの男は死んだはずだった。


 だからこそ、その男が地面に倒れるところを目撃した兵は驚いた。

 驚き、足を止めてしまった。


「なにをやっているんだ! さっさと前へ進め!!」


 後方から分隊長の怒鳴り声が聞こえた。

 慌てて前に進もうとするが、乱れた隊列はすぐに元に戻らない。


「馬鹿野郎!! 殺されてぇのか!?」


 隊列の乱れを無視出来なくなった分隊長が前方に馬を走らせた。

 その彼の目も、ようやっと不審な3名を捕らえたらしい。

 女を見た分隊長が歪な笑みを浮かべた。


「貴様等、この軍がアドリアニ国の兵と知った上で道を阻んでいるのか?」

「……再度問います。この地に流れた血と命を、貴殿らはどう贖うつもりか?」


 己の質問が無視され、分隊長のこめかみに青筋が浮かぶ。


「テメェ。この俺の質問に――」

「この地に流れた血と命を、貴殿らはどう贖うつもりか?」

「…………テメェの血で贖ってやるよ!!」


 切れた分隊長が、3名の不審者に向けて馬を走らせた。


 それを見た兵達はそれぞれ『ああ、あれ死んだな』と思ったことだろう。

 下の階級は徹底的なまでに能力主義である。

 分隊長には一般兵では太刀打ちできないほどの力がある。

 だからこそ、兵士達はその手にした槍で3名の不審者が貫かれるところを予感した。


 だが――、


「…………へ?」


 実際に目にした光景は、まったく想像を超えていた。


 いままさに攻撃を加えようとしていた分隊長が、突然目の前から消えたのだ。

 比喩ではない。文字通り、分隊長が消えた。

 その光景が、まったく理解できず兵達は全員足を止めた。


「アドリアニ兵には、己が罪を贖うつもりはないと理解した! なれば我がその方達の、その残虐な行いに見合った罰を与えるお方の元へと案内しよう!!」


 男は両手を広げながら、ゆったりとした足取りでこちらに歩みよってくる。

 その雰囲気に呑まれた兵が、僅かに後ずさる。

 だがそれは許されない。

 隊列は詰まっていて、すぐ後ろにはもう別の兵がいる。これ以上下がれば積み木を倒すように兵達が次々と倒れていくだろう。


 しかし、この場にいる誰もが何故彼に怯えているのかが判らなかった。


 ただの子どもが神代戦争の演目を演じているようにしか見えなかったし、その雰囲気に畏怖も恐怖も威圧も感じない。


 ただの平民がそこにいるだけ。

 そうとしか思えなかった。


 いや……だからこそ、一種異様なのだ。

 これだけの兵の前に平民がいることも。

 そしてさらに、平然と役を演じているという状況も。


「邪神に許しを請う準備は出来たかな?」


 少年のその言葉と共に、前列が消えた。


「――!?」


 多くの兵が目の前の光景に目を剥いた。

 突然、なんの前触れもなく、前列の兵が消えたのだ。

 それは攻撃でもなんでもない。

 異常現象。


 既に兵は混乱していて、前にも後にも動けない。

 だが、そんな中後方から圧倒的な威圧感が放たれた。


「なにをやっている!! さっさとその者を殺して進め!!」


 隊列の乱れを不審に思ったのだろう。突撃部隊の将校が馬で駆け寄ってきた。

 一般兵にとって、将校は決して頭を上げられぬ雲の上の存在。反論を僅かでも口にしようものならその場で首が飛んでもおかしくない。


 力の差は圧倒的であり、一般兵が100人で囲んだとしてもおそらく将校を殺すことはできないだろう。

 一般人には決して抗えぬほど強大な力を、国王から授けられているのだ。


 故に、兵士たちは前に進んだ。

 死にたくない。殺されたくない。


 将校への圧倒的恐怖が兵士達の足を動かした。


「愚かな。我を邪神の使徒アルトと知ってなおまだ突き進むか。なれば望み通り、その魂を邪神の元に届けよう! 血は邪神の為にこそ注がれる。楽に死ねると思うなよ?」


 邪悪に笑う少年――邪神の使徒アルトは、前へ前へと足を進める。

 ただそれだけで、何百と斬りかかろうとしている兵士達が呆気なく消え去っていく。

 その光景を見て怯え、それでも将校の恐怖の方が圧倒的な兵士達は、己を殺してアルトへと斬りかかっていく。


「他愛ない。まさかその程度の力で邪神の使徒に挑むつもりだったのか? 身の程を弁えぬ者達よ。なればこの使徒自ら、丁重にその血一滴も逃すことなく、邪神の供物にしよう!」


 誰1人、彼の元へとたどり着ける者が現われない。

 たどり着ける雰囲気すらない。


「邪神……」

「じゃ、邪神の使徒!」

「殺される!!」

「やっぱりアヌトリアは、邪神の手先だったんだ!!」

「ひ、嫌だ! 邪神に殺されたくないぃぃぃ!!」


 邪神の名と摩訶不思議な現象を前に、将校からの恐怖は長続きしなかった。

 邪心の名は、それほどまでに強力だった。


 邪心は神代戦争の引き金となり、人の魂を破壊する。

 本来フォルセルスの元に導かれ救済される魂を、邪神が横取りする。


 非道、卑劣、極悪、厄災。

 フォルセルス教徒であるアドリアニ兵にとって、邪神はあらゆる悪の詰まった存在である。


 アドリアニ兵になって、上からの命令でどれほど悪辣な作戦を実行しようとも、その労働に耐えてこられたのは一重に、いずれくるフォルセルスによる審判で救われると信じていたからである。


 だが、もしここで邪神に魂を掴まれたら。

 救済は永遠に訪れず、魂は砕かれ、魔物として生きることになってしまう。


 それは絶対に嫌だ!!


「ま、待て!貴様等逃げるのか!?」


 邪神の恐怖に耐えきれず、兵士達は逃げ惑う。

 将校は慌ててポールアクスを振るい、兵を見せしめに殺すことで恐怖による秩序を取り戻そうとする。


 だが、既に将校の恐怖では兵を押さえつけられない。

 逆に兵たちは、邪神の手先に囚われるくらいならば、将校に殺される方が何倍もマシだと考えていた。


 ここで将校に殺されれば、必ずフォルセルス様が救済してくれる!


 将校は逃げる兵たちを次々と血祭りに上げる。

 だが、まったく効果が上がらない。


「……っくそ!! 逃げるんじゃねぇクソどもが!!」

「ええと、そこのお方。大丈夫ですか?」


 先ほどは尊大な言葉使いだったが、おそらくこれが彼本来の口調なのだろう。


 怒りに沸騰している将校の耳に、まるで街のパン屋まではどう行けば良いか?と道を尋ねるかのような、この場にまったくふさわしくない平和な声が届いた。


 振り返ると、すぐそこに3名の不審者がいた。

 その1人は邪神の使徒アルトと名乗ったか。


「貴様……」


 既に将校を守る肉壁は存在しない。

 アルトとの距離は10メートル。

 残る2人は後方に控えている。


 一気に駆け寄れば彼の首くらいたやすく切り落とせるだろう。

 馬を操り、将校は態勢を整える。


「邪神の使徒だかなんだか知らんが、覚悟は出来ているんだろうな?」

「もうお仲間は逃げてしまいましたよ?」

「馬鹿が!」


 逃げたんじゃない。

 態勢を整えていたんだ!!


 そう胸の中で叫び声を上げるが、一般兵が逃げたのは紛れもなく事実である。


 とはいえ態勢を整えていたのもまた事実。

 将校が手を大きく上に翳し、それが振り下ろされると、後方から大量の矢が放たれた。


 将校は即座に後方に離脱。


 一体なにをやったか知らないが、歩兵が近づけないなら矢を放てば良いまで。


「さらばクズの平民よ。貴様の馬鹿な勇敢さは末代まで――なぁ?!」


 大量の矢がアルトの体中に突き刺さる。

 そのハズだった。

 だが将校は目を剥く。


 いままさに突き刺さらんとしていた矢を、彼はことごとく避けているのだ。

 それも、ただ立ったまま。


 直立姿勢で右に左に動いている。まるで地面を滑るように。

 そして時々態勢を変え、右に行く姿勢のまま左へ移動し、飛んだと思ったら下がっていく。


 この状態を目撃した将校は、目の前の出来事を頭で整理しようとして、それでも自分がなにを考えているのか判らなくなってくる。


 なんなんだこの人間ではあり得ない、変態的な動きは!?

 まったく理解を超えている!!


 ……変態?

 まさか、あの間者の報告にあったあれか!?


「貴様があの変態のアルトか!?」

「な……ん……だと!?」


 そこで初めてアルトの表情が驚愕に変わった。

 なるほどやはりこいつは変態のアルトで間違いない!!


「ぼ、ボクは邪神の使徒アルトで――」

「黙れ変態! 貴様のような変態が他にいるか!!」

「ぐはっ!!」


 彼は胸に手を当てて苦悶に顔を歪める。

 だがなぜだかはわからないが、彼の表情には若干の笑みが浮かんでいる。


 ……この、変態と言われて悦ぶド変態め!!

 将校は内心唾棄する。


「よくも邪神の使徒などと欺してくれたな?変態め」

「いえ、あの……ボクは邪神の――」

「うっさい! 貴様の噂は我が国の間者が、様々な国の情勢を集める中で入手しているのだ! 上に下がる変態、1度の攻撃で1000匹倒す変態、両手盾の二刀流をする変態、頭の上で光弾を回す変態。この噂の変態は、貴様以外にあり得んわ!!」

「ち、違います誤解です!!」

「師匠諦めろ、図星だぞ」

「ん。アルトのこと」

「ちょ、2人とも――!?」

「ほら見たことか!! 貴様のような奴が真人間のはずが……いや、待て。何故変態がここにいる?」


 状況はさらに将校の理解を超えた。


 様々な国に変態話を残している当事者が、何故この場所に現れたのだ?

 かの変態は、世界情勢にまったく関与しない、ただの一般人だったはず。

 行動があまりに変態的で、実は悪魔なんじゃないかと噂されるような、ただの平民である。


 その平民の変態が……何故この場所に?


「ああもう、面倒臭いのでさようなら」


 将校の疑問をこの場に残して、彼の意識がすっぱりと途絶した。






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 皆様良いお年を!

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