第271話 混乱の極み

 前方に現れた3名の存在で、何故かアドリアニ軍が大混乱に至った。

『平民』だったり『邪神の使徒』だったり『変態』だったり。いろいろ噂が錯綜していて、実情を掴めない。


 だが、前方に展開していた兵があらかた消えたのは事実である。

 それを鑑みて、技師部隊の将校は決戦兵器の投入を決める。


 たった3名相手に使うのはもったいないが、今後アヌトリア兵が現れたときのために先に実地訓練をしておくのも良いだろう。


 3つの巨大な荷車を暴牛(ブル)に引かせて前へ進める。

 荷車は全体が木造で、所々ミスリル製の板が張られている。


 そこには【術式制作】で【刻印】が成されている。


 2つは内部から大量のマナを籠めることで、その術式が発動。

 前方に向けて巨大な【マナバースト】を発射させる。


 1つは完全防御の【刻印】が施されており、マナを籠めることであらゆる魔術を防御する巨大な盾を創造する。


 それぞれ扱うには、大量のマナ、あるいは魔石が必要となる。

 この兵器は10人ほどの魔術師のマナを枯渇させるほど大食らいだ。そうそう使えるものではないが、1度も使わず実践投入はさすがに恐ろしい。


 将校は技官に指示を飛ばす。

 技官は荷車内部で操作盤に魔石を填め込み、少量のマナを流して刻印を起動させる。


 前方に、徐々に大量のマナが集まっていくのを感じる。


 そろそろ発射!

 そう思った時、


 ――ドバンッ!!


 巨大な音と共に機能が停止。

 完全に沈黙してしまった。


「…………すみません、どうやら、壊れたようです」

「な、なんだと!? 何故壊れた!?」


 荷車内部に入り込み、将校は技官の首を掴んで引き寄せた。


「わわわ、わかりません! 発射可能な地点まで行ったんですけど、突然、大きな音と共に【刻印】が破壊されました」

「貴様……国の兵器を壊しやがったな!?」

「ちちち、違います違いま――!」

「黙れ!!」


 怒りを露わにした将校はその技官を剣でバラバラに切り裂く。

 言葉を発せぬ肉片と化した技官がねっちょりと床を転がった。


「次だ!! 他の兵器を発射しろ!!」


 しかし、将校のかけ声も空しく、アドリアニが誇る戦術兵器が発動することはなかった。



 戦術兵器が沈黙し、一般兵は逃げ惑う。

 馬に乗った上級兵は冷静を保っていたが、馬は違う。一般兵の混乱に呑まれ、次から次へと嘶き逃亡を図ろうとする。


 あるものは落馬し、あるものは馬に蹴られ。

 上級兵が次々と脱落していく。


 それでも1割。

 たった1割の兵を失っただけだ。

 まだまだ取り返せる。

 9000も兵がいれば十分この先にいるアヌトリア兵を蹂躙できる!


 だからまずやるべきは、この混乱をもたらしたど変態を打ち倒すことだけである。


「この変態め! 俺が直々に成敗してくれる!!」


 兵士達が混乱するさなか、大きなハルバートを持った守護部隊の将軍がアルトの前に進み出る。


 彼は武人として名の通った将軍である。

 国内の武術大会では毎年優勝しており、国内に敵なしとまで言われている。


 だからこそ、彼が当たることがこの場ではもっともふさわしい。


 面で押せないのであれば、1点突破するしかないのだ。


 1948という腕力にものをいわせ、彼は全力でアルトめがけハルバートを振るい降ろした。


 レベルは50。それほどあればもう人類最強と名乗っても良いだろうと、彼は考えている。

 おそらくこの攻撃を止められるものは、ユステル12将にすらいないだろう。


 その攻撃が、アルトの脳天に直撃し体を真っ二つにする。


 彼はそう幻視した。

 だが、ハルバートが途中でピタリと止まる。


「――――!?」


 まるで鉄を叩いたような感触に腕が悲鳴を上げた。


 あたかもまだ階段があると思って降ろした足が床を踏んで痛めてしまうように、切れると思って振り下ろしたハルバートが突然ピタリ止まったせいで、彼の腕の関節がズレた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 彼はハルバートを離し、曲げようとしても曲がらない両腕を前に突き出した態勢のまま奇声を発し続けた。


「…………うわぁ」


 声が聞こえ将軍が顔を上げると、ハルバートの先を掴んだ少年が顔を引きつらせていた。


「腕が、折れた! 腕、腕が、折れたぁぁぁぁぁ!!」

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃなぁぁぁぁい!!」

「なんか……すみません」

「たす、助けて痛い!助けて!! 死ぬぅぅぅぅ!!」


 曲がらない腕を少年に向けて、将軍は懇願する。

 自分がこのようになるなど考えもしなかった。思ってもみない現実を突きつけられ、彼はどうすれば良いかさえわからなかった。


 子どもを攻撃したら自分の腕が壊れた。

 そのようなことを、一体この世界の誰が想像しよう?

 いくら歴戦の強者と呼べる将軍であったとしても致し方ない。


「本当に、ごめんなさい。あの、あとでちゃんと治しますので!」


 そう告げられると将校の視界が真っ暗になり、ぷつりと意識が途切れた。



 前方が混乱している様子がありありと判り、ボティウスの腹の中ではマグマが膨れ上がっていく。

 まだ接敵したと報告を受けてはいない。


 ただ3名の平民が進行方向を邪魔している。

 それだけだったはずだ。


 にもかかわらず、何故ここまで兵が混乱しなければいけないのか?

 たった3名の平民に、うちの兵は一体なにをやっているのだ!?


 耐えきれなくなったボティウスは手にした指揮棒で近くにいる兵を思いきり打擲した。

 辞めてくださいと泣き叫んでも、彼は一切手を休めない。

 それだけでは彼の怒りは収まりそうにもなかった。


 殺せ、殺せ、殺せ!!


 心の中でうなり声が響き渡る。

 その声に身を委ねてしまえば良いのではないか?


 すっと腰から長剣を引き抜いたとき、遠くの方からさらなる悲鳴が聞こえてきた。


「たす、助けて痛い!助けて!! 死ぬぅぅぅぅ!!」


 アドリアニ軍において最強である将軍の悲鳴。

 それを聞いたボティウスはさっと頭から血の気が引いた。


 即座に長剣を鞘に収め、素早くも鈍重な足取りで馬に乗る。

 彼の重さを受けて、馬は右へ左へ軽く揺れる。

 まるで「ほら降りろ、お前重いんだよ!」と文句を垂れるような仕草だったが、ボティウスには関係ない。


 とにかく、いまの悲鳴がなんなのか?

 一体戦場でなにが起っているのか?

 それが彼にとっていま、もっとも重要な案件だった。


「報告いたします!」


 1人の兵が駆け寄り、ボティウスの馬の前で平服した。


「現在、謎の3名と交戦中。こちらの攻撃は一切通らず、謎の攻撃により兵士が次々と消滅。現在、味方の損壊が3割を突破。もう、戦線を維持できません!!」

「なんだと!?」


 もたらされた情報は、ボティウスの脳を真っ白にさせるに十分な威力があった。


 3割……。3000の兵が損壊?

 たった3名で?

 その光景が、まったく想像できない。


「……相手は魔術師なのか?」

「いえ。不明です。味方兵が次々と消えていきます」

「どういうふうに消える?」

「文字通り、その場から消滅です」

「それは消滅する類いの魔術か?」

「判りません」

「使えねぇな!!」


 手にした指揮棒を、兵士に思い切り投げつける。

 兵士は体を硬くするも明後日に向かった指揮棒が地面に落ちる音を聞き、ほっと体から力を抜いた。


「全軍をここに集めろ!」

「それは……兵が皆恐慌状態に陥っているため、難しいと存じます」

「俺は出来るか出来ねぇか聞いてんじゃねぇ。ヤレって言ったんだよ!!」


 ボティウスは馬から下り、長剣を抜いて男の首を斬りつけた。

 刃が鎧にぶつかり、腕が軽く痺れる。


 俺の攻撃を防ぎやがったな!?

 剣の腕前が下手で当てられなかっただけであるにもかかわらず、ボティウスはそれを兵士のせいにして顔を真っ赤にした。


 二度、三度と兵士に斬りかかる。

 当たるのは首ではなく、頭や肩であり、それも刃が立っていないためうまく切れない。


 やっと首を刎ね落としたときには、ボティウスは息が上がってふらふらだった。

 斬りつけられた兵士の顔は、失敗の跡でズタズタで、もう何者かも判別も付けられなかった。


「おい、こいつを片付けろ!」


 指示するとほぼ同時に、これまで前方を埋め尽くしていた国王親衛隊の群れが、突如としてかき消えた。


「……へ?」

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2025年1月10日 18:00

最強の底辺魔術士【WEB版】 萩鵜アキ @navisuke9

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