第132話 力への意志
ドワーフ工房にある完成済みの試作武具の中から、短剣と皮の鎧、マントを借り受ける。
もっと良い装備があるとダグラがいくつか武具を勧めてくるが、完全に趣味武具。実用性がなさそうだったので断った。
(ダグラさん、なんで剣の尖端に風車なんて付けているんですか……)
良い装備だと言い張るが、その良さがさっぱりわからない。
ミスリルで編んだ布を一枚もらい、それを結び合わせて簡易鞄に仕立てる。
肩に斜めがけし、ルゥを収納。
これで、準備万端だ。
「それじゃ、行ってきます」
「おう。死ぬんじゃねぇぞ。お前に貸した武具がパァになるからな!」
そんな憎まれ口を叩きながらも、ダグラはしっかりとアルトを見送ってくれた。
きっとダグラは、本気でアルトがワイバーンと戦えるとは思っていないだろう。負けると考えている雰囲気もない。
おそらくは、ワイバーンとの戦いをうまく想像できないのだ。
あるいは彼が想像するワイバーンは、野良猫のボス程度かもしれない。
ネフィリルに教わった場所まで向かう道中、背後から視線を感じて立ち止まる。
魔物かと思ったが、敵意はない。
こちらが足を止めると向こうも止まるので、アルトをつけているようだ。
後ろを振り返ると途端にすぅっと気配が消える。実に上手い《気配遮断》だ。
気配が遠すぎてうまく掴めない。
(ルミネから僕の様子を見に来たエルフかな?)
とりあえず害はなさそうなので放っておくことにする。
レアティス山脈の麓は木々がなく、山肌が露出している。
その山肌の中腹に、ぽっかりと大きな口を開いている。洞窟の入り口だ。
そこを中心として、ワイバーンの巣が広がっている。
山肌一面にずらぁぁぁっとワイバーンの灰色の頭が見える。その総数はいったいいくつになるか。気配を殺しながら数えようとするが、あまりに多すぎる。
300を超えた辺りでアルトは数えるのをやめた。
「雨後の竹の子か? どんだけいるんだよ」
その様子を見たリオンも、顔を青くする。さすがの勇者といえども、この数を目の当たりしてはったりは口にできないようだ。
「そういえば2~3年前からここに住み始めたっていう話ですけれど、どうしてワイバーンはここに移動してきたんでしょうね?」
「住みやすかったんじゃないのか? 暖かいとか」
山の斜面は北向きである。暖かいから……というのは違うだろう。
「んー、あとは天敵がいなくなったから、とか。……あれの天敵ってなんだ?」
「ドラゴンですね」
口にして気づく。
まさか、と。
即座に否定しようとするが、その考えが合理的で否定しきれない。
「もしかしたら、僕らがレッサードラゴンを倒したせいかもしれません……」
ドラゴンを倒して幾ばくか月日が流れたころ、ここが安全地帯だと気づいたワイバーンが居住区にし現在に至る、と。
「うわぁ……マッチポンプかよ。ワイバーンを自分でけしかけて、それを倒してエルフに恩を売ろうなんて。さすが師匠、恐ろしい子!」
さすがの意味がまったく違う。
当然ながら、マッチポンプではない。
とはいえ、引き金を引いたのはアルトのようなので、反論も出来ない。
「さっ、殲滅しましょうか!」
こうなったらすべてを無かったことにするしかない。
スルーするアルトにリオンの冷たい視線が突き刺さるが、気にしてはいけない。
今後の名誉のために、ワイバーン増殖の事実は闇に葬らなければいけないのだ!
アルトは入念にマナを練り込み、前方に向かって放出。
〈グレイブ〉の作成にかかる。
さらに空中にも〈ハック〉の罠を設置する。
これで〈グレイブ〉に引っかからず、上空に逃げようとする個体も〈グレイブ〉に放り込むことができる。
〈ハック〉よりも〈重魔術〉の方が消費マナが少なくて済むのだが、個体を識別したり方向を定めたり、狙った効果を発揮させることが非常に難しい。
下手に放てば360度すべての物体が発動体の中心へ引っ張られてしまう。それではアルト達まで吸い込まれるので使えない。
「くっ……さすがに一度じゃ無理か」
マナが枯渇しそうになり、慌てて小休止を挟む。
アルトは、何回かに分けて《工作》を仕掛けることにした。
《工作》が一段落したところで、借りた短剣を抜いた。
現状のレベルでは差がありすぎて、ワイバーンに《工作》が通じない。
「最低でも30くらいまでレベルを上げないとな」
現在のレベルが13。そこから30になるには、17も上げなくてはいけない。
かなり厳しいが、ハンナは2日間の狩りでレベル30を超えた。
ハンナの師匠であるアルトが出来ないなど、決してあってはならない。
問題は、どのようにして効率的に魔物を集めるか、だ。
考えた末、アルトは来た道を引き返す。
「え、ちょ、ちょっと師匠どこ行くんだよ?」
「さすがにここじゃワイバーンに狙われるかもしれないので、一旦離れますよ」
「え? 倒さないのか?」
「ええ。ワイバーンは、明後日くらいに討伐します。まだ状況が整っていませんし。それまではレベリングですね」
森に戻り、アルトは荷物を樹の根元に降ろす。
「モブ男さん。ここで少し見張りをしていてください」
「見張りぃ? いいけど、師匠はどうすんだよ?」
「ちょっとレベルを上げに」
「じゃあオレも!」
「こんなところに、勇者に見合う魔物はいませんよ」
「い、いや、でもなあ――」
「雑魚を倒してばかりいたら、勇者の品格が疑われてしまいますよ?」
「そそ、その通りだな! ったく、なんだかんだ言って、師匠はオレが勇者だって認めてんじゃねぇかよ! うへへ!」
アルトが少しおだて(?)たらこの勇者、木に登るどころか、天まで飛び立ってしまいそうな勢いだ。
「そんじゃ師匠、さっさとレベリングして戻ってこいよ。オレはここで、勇者らしいポーズの練習でもして待っててやるから!」
「…………」
そんな怪しげな奴のいる場所になんて戻りたくない。
頭が勇者のリオンは放置して、アルトは森の中を駆け抜ける。
〈気配察知〉で索敵し、最短距離、最短時間で、多くの魔物に遭遇するよう一筆書きでルートを決定。
息を一度整えてから、アルトは意識を極限まで研ぎ澄ます。
ゴブリンやトロル、オークをどのように攻撃すればもっとも早く倒せるか。
どのようなルートであれば素早く回れるか。
次の接敵は短剣がいいか魔術がいいか。
スキルを使うか通常攻撃にするか。
ありとあらゆる可能性を考え、その上で効率を極限まで求めていく。
10秒かかったオークを、次は9秒、その次は8秒と、タイムをどんどん縮めていく。
一体どこまでタイムを縮められるか。
どこまで効率化出来るか。
アルトの中にはもはや、レベリングの文字はない。
コストパフォーマンス。それをどこまで追及出来るか? それしか頭には存在していなかった。
途中、レベルアップ酔いでふらつくと、自分の体に対して激怒した。
この軟弱者!!
いまが一番大事な時なのに。
楽しくなってきたところなのに!
勢いに乗ったばかりだったのに!!
酔いが収まるとすぐに走り出し、魔物を素早く倒し、駄目なところを洗い出し、改善し、効率化し、次へ、次へ……。
気がつけば夕方になっていて、足がパンパンで動かなくなっていた。
呼吸が苦しくて、吐き気がする。
喉の奥で鉄の味がした。
もうこれ以上、走れそうにない。
だが幸い、歩くことはできる。
アルトは荷物を置いた場所まで歩き、たどり着いた途端に気絶するのだった。
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