第131話 頭がリオン

「いや、しかし」

「出来るんだろ?」


 ダグラに訊ねられ、アルトは答えに詰まった。

 出来るか出来ないかなんて、これまでの人生で一度も聞かれたことがなかったからだ。


 どうせ出来るわけがない。あるいは、存在ごと無視をする。

 それが当たり前のパターンだった。


(どうして……)


 アルトは頭が真っ白になる。

 しかしダグラは、動揺が落ち着くのを待ってはくれない。


「答えろアルト!」

「――で、出来ます!」

「というわけだ。ワシの意見に反論のあるものはいるか?」

「…………」


 ダグラはエルフ達全員の視線を一身に受ける。そのどれもが、納得がいかないというものばかりだ。


「人間を信用することはできん」


 その中で1人、ネフィリルが唯一口を開いた。


「神代戦争の折、人間は我々を襲いました。残虐の限りを尽くしました。無抵抗な者でも蹂躙し、我々の文化を破壊し、思想を否定し、血を絶やそうとしました。

 神代戦争が終わっても、人間は自分たちの行動を顧みることなどせず、エルフに誠意すら見せない。ドワーフも我々と同じではありませんか。そんな奴らを、何故頼らねばならないのですか!?

 人間が犯した罪の報いは、必ず晴らさねばなりません。そうでなければ、あまりに救いがなさ過ぎる……」


 ネフィリルの強烈な怨嗟が、アルトに向かった。


 神代戦争。

 その歴史を、アルトは前世より知っている。

 自分一人でどうにか出来る問題ではない。


 しかしダグラは、ネフィリルの怨嗟を意に介さなかった。


「んなこたぁ忘れたよ」

「なにを馬鹿な……」

「おいおい、いつまで恨めば気が済むんだよ。人間が憎い、過去のことを謝罪しろ。それで、誠意すら見せない? あったりめぇだろ。アホか!

 戦争に関わった人間全員、もうくたばってんだろ。悪ぃ事した奴らは許すつもりはねぇが、いまいる人間に罪はねぇ。だから謝罪させる筋合いもねぇだろ。そういうのは〝くず鉄の精錬〟、打つだけ無駄だ」

「はぁ……。どうやら決して揺るがぬ意思を持つと言われるドワーフも、長い年月をかけて人間に籠絡されたようですね」

「籠絡? ちげぇよ。おめぇらと違って前を向いてるだけだ。人間に限らず、誰にだって粗はある。叩けば埃が出ねぇ奴ぁいねぇんだよ。ワシだって、おめぇだってな。

 いつまでもうじうじと恨み続けたところで、ワシの武器作りの腕が上がるわけじゃねぇ。だったら前向いて、人間を利用して好きなことやって生きた方が、人生何倍も面白い。そうだろ?」

「…………」


 ダグラの言葉には、人間を庇おうとする雰囲気は一切無い。

 それはドワーフたちだって、今もなお人間を許してはいないからだ。


 しかしダグラは、そんなことで躓いていない。

 過去ではなく、とうに自分のことしか考えていない。


 ネフィリルは反論することなく、口を噤んだまましばし瞑目していた。


「……我々は人間にどのような恩を売られても、これまで通り、無関心を続けます。それでも、良いですか?」


 再び口を開いたネフィリルの目は、ダグラとアルトをきちんと捕らえていた。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 ダグラとともにルミネを出て、一度工房に戻る。

 現在、アルトは武具を所持していない。

 なので装備を調えてすぐに出立するつもりだったが、アルトは厄介な人物に絡まれてしまった。


「ワイバーンに襲われて、逃げ惑うエルフたちを救出する。ああ、なんて勇者チックなイベントなんだ!! もちろん、オレも行くぜ? だって、オレは勇者なんだからな!!」


 勇者からは逃げられない。

 これはもう回避不能なパターンだ。


「エルフはまだ誰も襲われてないですよ……」

「で、ワイバーンってどれくらい強いんだ?」

「本当に、モブ男さんはびっくりするくらい魔物のことを知りませんね。なんで元ギルドの職員なのに魔物の強さを知らないんですか?」

「そそ、そんな目で見るなよ! 照れるだろ……」

「照れないでください、気持ち悪い」

「ヒデェ! 冗談はさておき、オレが魔物に詳しくないのは、訓練室に配属された経験がないからだな。あそこが一番、魔物について学べる部署なんだよ」


 訓練室とは、冒険者への戦闘法や魔物の知識を教える、いわば教習所のような部署である。


 たしかに、以前のリオンでは訓練室に配属させても、冒険者に戦い方など教えられる人材ではなかった。

 だからワイバーンと言われても、ピンと来ないのも仕方が無いかもしれない。


「ワイバーンはレベル50くらい。ドラゴンよりも弱いですけど、普通の魔物よりは強いですよ」

「ふぅん。なら余裕だな。勇者式の攻撃で華麗に仕留めてみせるぜ!」


 なんだその勇者式の攻撃って……。


「モブ男さんは空中に攻撃できますか?」

「……え? 空中攻撃?」

「はい。ワイバーンですから」

「飛ぶのか?」

「もちろん」


 ぐわぁ! とリオンが頭を掻きむしった。


「くそっ、どうせそんなこったろうと思ったよ。まあ、いいぜ。ここは全部師匠に譲ってやるよ」

「あ、はい、どうも?」


 どうやら勇者式の攻撃とやらは、対空攻撃が一切できないらしい。


 さておき、アルトはワイバーン戦である程度レベリングするつもりだ。

 ワイバーンはドラゴン以下とはいえ、かなり強い。だからワイバーンを一掃することで、今後のためのレベリングの時間がある程度端折れるのではないかとアルトは踏んでいる。


「あぁ……ぅぅ……」


 しかし、リオンの落ち込みようが酷い。

 なんだか可哀想なのでもしワイバーンの群れに出合ったら、彼に1匹くらいはプレゼントしよう。

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