第130話 まさかの指名
帝国役人の2人が工房を出ると、アルトとダグラはすぐさまルミネに向かった。
ルミネ入りすると、門番やら街を行く人達が皆こちらに頭を下げてくる。
アルト単独で来たときとはえらい違いだ。
ずかずかと、まるで自分の家の庭のようにダグラは歩みを進め、大きな建物に入っていく。
(無断で入って大丈夫?)
傍若無人なダグラの態度に怯えつつ、アルトは追従する。
大きな建物の中心あたり。広い部屋にたどり付くと、そこに何名ものエルフが難しいかおをして円卓を囲んでいた。
「これはこれは、ダグラさん。お久しぶりです」
その中の1人がダグラに気づき柔和な笑顔を浮かべ、残る大勢のエルフがアルトを睨み付けた。
(わー、歓迎されてないなー)
「《刻印》が出来ねぇって話を聞いてきた。どういうことか説明しろネフィリル」
ダグラに話しかけた人物がどうやらネフィリルという名らしい。彼は僅かに片眉を動かし、ダグラとアルトを交互に見比べた。
「ダグラさん、そちらは?」
「……ネフィリルよ、正気か?」
「と、言いますと?」
「本当にわからんのか?」
「え、ええ」
「…………はぁ」
ダグラは深々とため息をついた。
おそらく自らが捨てたアルトを、綺麗さっぱり忘れているネフィリルにあきれ果てたのだ。
「こいつはワシの養子だ。でだ、さっさと理由を説明しろ」
「…………」
ネフィリルは一度全体を見回した。ここにいる全員から、話を打ち明ける許可を得るような視線だ。
その視線に反対する者は……いない。
ネフィリルがダグラを見て、ほんの少しアルトを気にするように目を向けてから口を開いた。
「武具を〈刻印〉するために必要な素材が、入手不能となってしまったんです」
「んだと!?」
ダグラの野太い大声が部屋を満たした。何人ものエルフがその声で体を震わせる。
「なんでそれを早く言わなかった!」
「まず自分たちでなんとか出来ないものかと思いまして」
「んなこと言わずに、さっさとワシらを頼れば良かっただろ! ワシらは、盟友ではないのか!?」
「ちょっと、ダグラさん」
ヒートアップするダグラをアルトが止める。
彼らにも彼らの事情がある。それに自力で解決しようと試みたというではないか。
いきなり怒鳴るほどのことでもない。
エルフはプライドが高い種族だと言われている。それは《術式製作》についても同様のはずだ。
同じ制作者として、仕事上の難問を前に、すぐに人を頼ることがどれほど難しいことかは、ダグラにもわかるはずである。
アルトの抑えが効いたのか、あるいは制作者のプライドに思い至ったのか。ダグラが一歩引いて深呼吸を繰り返した。
「……説明しろ」
「は、はい。実は、我々の《術式製作》には、ごく少量の〝金緑石〟が必要になるのです。それを触媒として、小さな魔力でも力強く術式を描く事ができるのです。金緑石がひと塊りあれば、大体1ヶ月は仕事が可能でしょうか。
倉庫に詰め込んでいた金緑石が大体10年分はありました。それで、我々は安心しきっていたのでしょう。金緑石の補充が出来ない問題が発覚するのが遅れて――」
「能書きは良い。んな話をされたってワシにはよぅわからん! どうして素材が補充出来なくなったのかだけを話せ!」
ドワーフは無関係な話で顔色を窺ったり、婉曲な物言いをされたりするのが苦手である。
エルフの長い前置きに、ダグラはよく耐えた方だ。
「採掘所は南のレアティス山脈の麓にあるのですが、その採掘所出入り口一帯が、2~3年前よりワイバーンの巣になってしまったんです」
(なるほど。ワイバーンが出たから採掘が出来なくなったのか)
エルフはオークやトロル程度なら難なく退けられるくらい、魔術が得意な種族である。
とはいえワイバーンともなると、エルフでも手に余るようだ。
ワイバーンの討伐難易度は、おおよそレベル50前後。ドラゴンほどではないが、天敵が少ないため、食料が豊富な住み処を見つけたらねずみ算的に増えて行く。
「ちっ。レアティスの麓か……」
その話を聞いたダグラが大きな舌打ちをした。
ドワーフ工房に運ばれる原石は、レアティス山脈から採掘されたものが多い。
ワイバーンを放置しておくと、そのうち原石も仕入れが滞る可能性があることに思い至ったのだ。
「そのワイバーン、ボクが駆除しましょうか?」
口を開いた途端に、会議室の空気が一気に冷え込んだ。
『人間如きが口を開くな』
『黙っていろ』
『屑が!』
『ゴミが!』
『ウジムシが!!』
そんな視線がアルトを貫く。
(わー、目だけで殺されそう)
アルトが苦笑する横で、ダグラは自らの頭に血が上っていくのを感じた。
彼らには、アルトが養子だと伝えている。
血の繋がりはないとはいえ、アルトは自分の子どもだ。
自分の子に対してぞんざいな扱いをするエルフの態度が気にくわない。
なにより、彼らは半死半生のアルトに回復薬を与えただけでルミネから放り出したのだ。
それを、反省するどころか覚えてすらなかった!
そのことを考えると、腹がぐつぐつと煮えたぎって仕方がない。
とはいえ感情のままに怒鳴り散らしても、彼らの態度は硬化するだけだ。それは長年の付き合いでわかっている。
だからダグラは深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻す。
「駆除できるならやったほうが良いな」
「駆除して頂けるのですか?」
アルトのものとは打って変わって柔和になったネフィリルが、懇願するように手を組み合わせた。
それがとにかく気にくわない。
カッとなって、ダグラは早口でまくし立てる。
「ワシはできるとは言っとらん。できると言ったのはアルトだ。ワイバーン討伐は、ここにおるアルトがやる!」
「「「え……!?」」」
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