第129話 督促

「ところで師匠、オレにはなにかないのか?」


 ドワーフの工房から出てきたら、リオンがそわそわして口を開いた。


「へっ? なにかって……?」

「ずっと一人で留守番してたんだから、オレはお土産(プレゼント)をもらう権利が発生してるはずだろ? ここはドワーフに、勇者らしい最高の武器を作ってもらうべきじゃないか!?」


 どうやらリオンはドワーフ工房が目の前にあって、冒険者心をくすぐられたようだ。


「モブ男さんはもうドワーフ製の武器を持ってるじゃないですか……」

「ちぃがぁうぅんだよぉ! オレだけの剣を作ってもらうことに意味があるんだよ! わかれよ!」


 リオンに渡した武具はかなりのお金がかかっているのだ。できればそのまま使い続けてもらいたいくらいだが……。

 自分だけの武器、という部分が理解出来てしまっただけに拒否しづらい。


「たとえば、どんなものが欲しいんですか?」

「ドラゴンの剣だな!」

「うーん」


 急速レベリングやハンナ奪還を考えると、武具の品質の底上げは、たしかに必要だ。


 けれどここは帝国御用達の工房。鞄くらいならお目こぼしがあるかもしれないが、ドラゴンの武器となるとすぐに監査が入るかもしれない。


 ドラゴンの武器は、製作が成功すればそれだけで驚異になる。それをドワーフが作るとなると、国は黙っていないだろう。


「くっくっく……。そういえば師匠には貸しが1つあったな!」

「あー」


 ――あったな。

 アルトは小さな借りを思い出した。


(しかし、3年前の小事を覚えているとは……)


 普段はすごい馬鹿なのに、自分に利益があることは決して忘れない。

 リオン脳、おそるべし。


「一応タイミングを見て聞いてはみますが、ダメかもしれませんよ?」

「いいぜ、聞くだけならタダだし!」


 アルトは痛む頭を抑えながらため息を吐き出すのだった。


「あのぅ……。アルト、わたくしは――」


 木々の影に隠れているシトリーは、これ以上頭痛の種を増やしたくない。

 ――無視しよう。


「3年前に戦ったとき、アルトはわたくしのむ、胸を触りましたわね?」

「――はい!?」


 無視できない台詞がシトリーの口から漏れた。

 それを聞いてリオンの瞳が温度を下げていく。


「うわーししょーさいてーだな」

「ちち、違います、嘘ですよ。ねっ!? というか、なんでそんな嘘を言うんですか!?」

「う、嘘などではありません! わたくしは、その……殿方に体を触られたのは、あの時が初めてだったのです」

「誰かと間違えてません?」

「いいえ! わたくしは記憶を違えてなどおりませんわ! わたくしがルゥを刺したあと、アルトがわたくしのむ、胸を触ったではありませんか!!」


 言われてすぐに、アルトは思い出した。

 確かに、シトリーの胸に触れた。


 けれどそれは鎧の上からだったし、邪魔だから押したのだ。

 触りたいから、胸を触ったわけではない。


「けっ、なんだそんな程度の話かよ。いっぱしの女みたいな顔しやがって。平らなんだから平気だろ」

「コロス!!」

「ちょ、まっ――」

「乙女の純情を穢す駄目男に、正義の鉄槌ですわ」

「ぎゃぁああああ!」


 細剣の腹が脳天を直撃。

 リオンが白目を向いて地面に転がった。


「悪は滅びましたわ」

「……」

「さ、さて……アルトがわたくしの体を触ったというお話に戻りますわよ!」

「あ、はい……」

「アルトは殿方なのですから、責任を取らなくてはいけませんわよね!?」

「で、胸を揉んだ師匠の感想は?」


 早くも復活したリオンが、記者よろしくメモを取るような素振りをしながら尋ねてきた。


「触ったのは鎧です。胸ではありません。揉んでもいません」

「触ったけど揉めない胸だったと。残念だったなシトリー」

「キィィィィ!!」


 悪意ある言葉の切り貼りで、意味が逆転した。

 酷いねつ造だ!!


「い、今に見てなさい罪人アルト!! 貴方にきちんと罪を償わせてみせますわぁぁぁ!!」


 きらきらと光るものを頬に流しながら、シトリーが全力で走り去っていった。


 ――可哀想だ。

 哀れな後ろ姿を眺め、アルトはシトリーに少しだけ同情してしまうのだった。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 翌日。ダグラとともにルミネに赴こうとしたとき、工房に2人の帝国役人が現れた。


 事務室に通された役人2人が、部屋に入るなり目を剥いた。

 片方の、文官風の格好をしている方は唇を振るわせる。もう片方の武官っぽい出で立ちの男は、さもありなんという風にため息を吐き出した。


 無理もない。床に散らばった資料で足の踏み場が無いのだ。

 椅子はあるのだが決して座ろうとしない2人。その前にダグラと、アルトがいた。


(なんで僕がここに……)


 アルトは役人を迎えるような立場にはないのだが、ダグラに無理矢理つれてこられてしまった。


「ワシぁ武器だけ作れてりゃそれでいい。同じドワーフで話し合うなら別だが、人間は小難しい話ばかりしやがる。おめぇが一緒に居りゃ、小難しい話にも対応できるかもしれねぇってわけだ。

 お? なんだよ、その目は。ワシを疑ってんのか? ぶぶ、武器製作以外の面倒事が嫌いなんじゃねぇぞ!? 絶対に違うからな!!」


 どうやら武具製作以外の事は極力避けて通りたいようだ。

 ギルド長がそれで良いのだろうか……?


「お前は人間か?」


 武官風の男のやや高圧的な物言いにアルトの腰が引ける。

 場違いな奴ですみません……。


「そうです」

「なんでドワーフ工房に人間が――」

「その話はまた今度で。いまは重要な話をお願いします」


 武官の言葉を、文官が遮った。

 武官はやや残念そうな表情を浮かべたが、次の瞬間にはもう真剣な顔つきに戻っていた。


「ルミネのエルフが税金を納めないので困っている。ダグラ、なんとかしてくれ」


 武官の率直な物言いに、アルトは衝撃を受けた。

 役人ならばもっと迂遠な言い回しをするだろうと思っていたためだ。


 人間があいてならば無礼だろうが、ドワーフ相手にはこれで良い。

 なぜならドワーフは迂遠な言い回しを嫌うからだ。


「なんでワシに言うんだ? 直接言えば良いだろ」

「督促しているが、支払われない。このままなら、帝国法に基づき国外退去させることになる」


 ルミネは帝国領内にあり、帝国の庇護下に置かれているので、帝国法の対象である。


 帝国は法治国家。街ぐるみで税金を納めないのであれば、法に則り罰則を与えなければ、法の下の平等が維持出来なくなる。




「ちょ、ちょっと待て。正気か?」

「俺はいたって正気だ」

「もしエルフを追い出せば、今までと同じ品質の武具にはならんぞ?」

「それはわかっている。俺としても、エルフを国外追放したくはない。だからダグラ、一肌脱いでくれないか?」

「…………ああ。どうにかしてみせる」


 武官の言葉に、ダグラが緊迫した様子で頷いた。

 しかし――とアルトは顎に手を当てる。


(面倒なことになったな)


 エルフは貨幣を持っていない。基本的には、ぶつぶつ交換で生活している。

 そのエルフから税金を徴収しようとしても、ない袖は振れない。


「帝国側は、エルフが武具製作に関わっていることを知らないんですか?」


 エルフはドワーフの仕事を請け負うことでその対価の物資を得ている。

 その物資はドワーフが帝国からもらったものの一部だ。


 つまり帝国は間接的にエルフを雇っていることになる。

 帝国・ドワーフ間で幇助関係が成立している以上、帝国・エルフ間で成立しないのは妙である。


「知ってはいるが、帝国はエルフと直接取り引きしてるわけじゃあねぇ。ワシらが勝手にエルフに助力を求めただけだからな」


 ……ということは、魔武具製作は帝国の望みではなく、単純に行き過ぎたドワーフの武具愛からだったようだ。

 それなら確かに、帝国にとってエルフが居ようと居まいと関係ない。


「それに奴等ぁ、人間に助けを求められたって絶対頷かんぞ」

「どうしてですか?」

「……」


 尋ねるけれど、ダグラの口はへの字に曲がったままだ。

 重ねて尋ねても、答えてくれそうにない。


「……じゃあ、エルフにお金を稼いでもらうことは可能でしょうか」


 それが一番手っ取り早い。

 アルトは武具に刻印された術式を見てきたが、エルフの《術式製作》はかなり練度が高い。おそらくお金を稼ごうと思ったら簡単に稼げるだろう。


 しかし、


「無理だ。人間は金を稼ぐ為に働いとるのかもしれねぇが、ワシらやエルフは生きる為に働いとる。金が無くても生きていけるんなら、金を稼ぐ必要はねぇんだよ」


 そう言って、ダグラはごつい手をひらひらと横に振るのだった。

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