第128話 鞄製作依頼

 ステータスを見て、アルトは愕然とした。

 レベルはどんなに怠けても緩やかにしか減少しない。それが大幅に減少しているではないか。

 前世でも見たことのない下落幅である。


「……もしかして、大けがしたからかな?」


 格は魂の器であり、生命エネルギーでもある。

 レベルは器に注がれたエネルギーの量であり、それが増えることでレベルアップする。

 レベルの高い人は寿命が若干伸び、人間ならば最大で150歳近くまで生きられるようになる。


 そのことから、おそらくアルトが大けがをしたことで、体が器のエネルギィで生命の維持を行った。

 そこで器に蓄積されたエネルギーが目減りしたため、レベルが下がってしまったのだろう。

 実際にどうなったのかはわからないが、そう仮定すると説明がつく。


「せっかくあそこまで上げたのになあ……」


 アルトはため息に落胆を滲ませた。


「どうだ、師匠。めちゃくちゃ強くなってたか?」


 アルトの異変に気づいたのだろう。リオンが尻尾を振るように近づいてきた。


「……レベル13でした」

「おっ、そんなに上がったのか、さすが師匠!」

「いえ、上がったんじゃなくて、13まで下がったんです」

「……んん、ってことは何か? 今、師匠はレベルが13なのか?」

「はい」

「はぁ!? なんで下がってんだよ!?」

「うーん。それがボクにもよくわからなくて」

「あー、でもそうか。だから師匠にオレの攻撃が当たったんだな」


 意外にも、アルトより早くリオンが現実を受け入れた。

 こういう部分は理屈が先に立つアルトよりも、直感的なリオンの方が理解が早い。


 たしかに言われてみれば、アルトはリオンの攻撃を避けられなかった。

 もちろんそれは、思考に気が取られていたというものある。

 けれど、以前のレベルならどんなに集中していても、リオンの攻撃くらい躱すことくらいは出来たはずなのだ。


(そういえば、ルミネに運んでいた武具の木箱がやたらと重く感じたな)


 それも、器のエネルギーによる補助力が弱まっていたためだ。


「ぐへへ……。ついに、オレは師匠よりも強くなってしまったんだな! ああ、どうししてくれよう!? いままで受けた数々の恨みをここで晴らすべきかっ!?」

「誰に、なんの恨みがあるんでしょうか?」


 アルトが満面の笑みを浮かべて近寄ると、リオンが顔に油汗を浮かべて後ずさった。


「まままま、待って師匠! 冗談だよ冗談!! 可愛い弟子の気さくなジョークじゃないか。いやだなぁ、そんな赤青白の魔術なんて宙に浮かべてどうしたんだ? あ、わっ、ちょ!? ぎゃぁぁぁぁぁ! 魔術を撃たないでぇぇぇぇ!!」


 ステータスは低くなったけれど、熟練は下がっていない。特に〈魔力操作〉は唯一、怠けずに鍛練を続けたため、以前よりも熟練がかなり上がっている。

 たとえレベルが下がっても、体力馬鹿(ゆうしゃ)の口を塞ぐことくらいは容易である。


「ひでぇ……。師匠の、マギカ化が、ひでぇ」

「余計なことを口にするからですよ。こう見えても、レベルが下がって少し落ち込んでいるんですから、少しは気を遣ってください」


〈熱魔術〉が当たったリオンが、ぷすぷすと音を立てて崩れ落ちた。

 それでもハーグ製の魔導具が良い仕事をしているのか、リオンの体力が常識外れなのか。まったくダメージを負っていない。


(しかし……)


 レベルが下がったことで、今後の課題――それも最も厄介なものが増えてしまった。


 アルトはここから、最低でも3年前と同じステータスになるまでレベリングをしなくてはいけない。

 前回、レベルが70になるまで5年近くはかかった。


 当時よりも熟練度が高い今ならば、以前よりも多少はスムーズにレベル上げができるだろう。

 それでも、一年やそこらで70まで持って行くのはかなり難しい。


 もしマギカがハンナを取り戻す算段が付いたら、あるいは1人の力で取り戻せなかったら、きっといつか会いに来るだろう。アルトはそう予想している。


 それまでになんとしてでも、レベルを元の水準まで引き上げなければならない。


(リミットは、あと2年か……)


 白い靄が口にしていた寿命は二十歳まで。

 それまでに、アルトはレベルを上げ、マギカと合流し、ハンナを取り戻さなければならない。


「さて、どうしたものか……」


 アルトは一度レベリングについてのあれこれをいったん棚上げし、ルゥの寝床について考える。


 ルゥは愛くるしい見た目をしているが、一応魔物である。

 帝国は様々な種族が闊歩しているが、魔物だけはどこにもいない。

 さすがに腕に抱えたまま街を歩くわけにいくまい。


 ルゥも居心地がよさそうだったので、以前のように肩掛け鞄で良いだろう。


 だが、万が一を思うと普通の品にするわけにはいかない。

 今後どのような場所で、どのような戦闘が起こるかわからないのだ。

 そこでまたシトリー戦のようなことが起こりルゥが死ねば、絶対に次はない。


 そこでアルトはルゥにお願いをして素材を排出してもらい、ドワーフ工房の縫製室に赴いた。


「これで鞄を作って頂きたいんですが」

「なんだ、ダグラんとこのガキかよ」


 冷めた目で見つめられ、アルトは若干の居心地の悪さを感じてしまう。


「わりぃが、個人的な仕事は受けてねぇんだよ。しかも、作るのが鞄だぁ? んなもん、人間の鞄屋にでも行きやがれってんだ!」


 鞄程度の製作では、ドワーフの趣味――もとい職人魂がぴくりとも反応しないようだ。

 なのでここは一つ、彼らの魂を素材から揺さぶってみる。


「実はこれで鞄を作ってもらいたいんです。ドラゴンの皮なんですが――」

「「「んだとぉぉぉ!?」」」


 ドラゴンの皮を取り出すと、数名のドワーフが即座にアルトを取り囲んだ。

 彼らからはただでは逃がさないと言わんばかりの威圧感を感じる。


「こ、これがドラゴンの皮か? 俺ぁ初めて見たぞ?」

「ああ、おそらく間違いねぇだろ。なんせそんじょそこらの皮より厚く、なめしてねぇのに堅い。なのにしなやかときている」

「お、おい鱗! 鱗はねぇのか!?」

「馬ッ鹿、皮持ってるだけでもすげぇのに、鱗まで持ってるはず――」

「鱗もお使いになりますか?」

「「「あるのかよっ!!」」」


 気づけば縫製室のドワーフ全員がアルトの周りを取り囲んでいた。彼らはアルトが取り出したドラゴンの皮と鱗を触りながら、侃々諤々と議論を交わしている。


「こりゃ二重にすべきじゃねぇか?」

「いや、重ねなくても十分だろ」

「いやいや、鞄なのに鎧より高い防御力は浪漫だろ」


『鞄の製作は鞄屋でやれ!』って言っていた人達が、いつの間にか『最強の鞄を作る』という目的に向かってひた走っている。

 さすがはドワーフ。常に最高を目指す趣味集団だけある。


 このまま議論が進むと、何故か『大火力こそ浪漫である』と大砲を付けたり、『男の浪漫は形だ!』といって変形機能がつけられたり、まったく実用性のない鞄が出来てしまいそうなので、口を挟んで多少方向修正していく。


 防御力は好きなだけ上げてもらうが、最低限しなやかさは維持。内側はルゥが入っても痛くないよう肌触りの良い材質を用いてもらう。

 激しく動いても鞄が浮かび上がらないよう、腰に固定できるベルトもつける。

 大きさはルゥより一回り大きなもので指定した。


「なあ……。俺らが言うのもなんだが、マジでこの素材を使って鞄なんて作っていいのか?」

「はい。僕にとって鞄はなにより重要なものなので、これで作りたいんです」

「お、おう。お前、変わってんなぁ。だが、鞄なんてもんにドラゴンの皮を使う。そんなイカれ具合、気に入ったぜ!」


 どうやら無事ドワーフのやる気スイッチを押し込むことができたらしい。


 種族は違えど、男の趣味、究極の浪漫は似通っている。

 男たちはときおり、最高の技術と最高の素材を用いて、最高にチープな商品を作ってみたくなるものなのだ。


 ドワーフたちが担当ごとにスケジュールの打ち合わせを始めた。


「設計図製作は?」

「1週間でいける」

「なめし、仮製品製作は?」

「2週間はほしいな。組み立てはどうだ」

「2、3日はかかるだろうな」


 中心となったドワーフが指を折り、アルトに向き直った。


「鞄の完成は、大体1ヶ月はかかる。時間はあるな?」

「はい、大丈夫です」


 ないと言っても、彼らはきっと納期を破るだけだ。

 否も応もない。


 ともかく、これで1ヶ月後にはルゥに最高の居住スペースを提供できる見通しがたった。

 いまから新しい鞄の完成が楽しみだ。

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