第133話 リオンの師匠は馬鹿である
リオンの師匠は馬鹿である。
なぜなら彼の辞書には、手加減という文字が存在しないからだ。
ここに戻ってきたアルトの疲れ切った顔を見て、リオンは思わずぎょっとした。
(師匠、一体なにをやってきたんだよ……)
どうせまた魔物を狩って疲れて戻ってきたのだろう、とは思っている。
だが師匠は勇者が認める変態だ。ちょっとやそっとの狩りじゃ疲れない。
体力が一際高いリオンがくたびれても、一切手を休めないのがアルトという少年である。
にも拘わらず、彼はこの場に現われるとほぼ同時に気絶してしまった。
――レベルアップ酔いだ。
通常なら、吐き気を感じる程度で終わる。
だが彼は、レベルアップ酔いで気絶した。
おまけに、そんな状態で森を彷徨いこの場に戻って来るなど、常軌を逸している。
事前に魔物を倒すと教えられていなければ、リオンは慌ててアルトを抱え、街に戻って回復薬を求めて走りまわったことだろう。
レベルアップ酔いだと判っていてもなお、背筋が寒くなる。
これほど強いレベルアップ酔いに罹るとなると、相当強い魔物を倒さなければあり得ない。
しかし周辺には、弱い魔物しか存在しない。
「もしかすると……」
あり得ない憶測がリオンの頭を過ぎる。
まさか、と思いつつも考えるほどに、それしかないのでは? と思えてくる。
彼はレベルアップ酔いに耐ながら、魔物を倒し続けた。
その結果、酔いの苦痛が蓄積されて、より重い症状になったのだ。
酔いは生理的現象に近い。決して耐えられるものではないが、アルトならばもしかしたら……と思ってしまう。
それまで鞄に入っていたルゥが姿を現し、リオンの膝をポンポンと触手で叩いた。
プルプルと体を震わせながらも、ルゥはリオンを安心させるように軽い衝撃を膝に伝えてくる。
ルゥのあまりの落ち着きように、リオンは息を呑んだ。
「まさか師匠は以前にもこれと同じことを?」
ルゥに尋ねると、肯定するように触手を上下に動かした。
「なんて奴だよ……」
一体、過去にどんなレベリングを実践したのやら。
想像することさえためらわれる。
何故そこまでがんばれるのだろう。
何故そこまで踏み込めるのだろう。
「そんなんだから、変態って呼ばれるんだよ」
死んだように眠るアルトを見ながら、リオンはぽつりと呟くのだった。
夜のあいだに罠を設置し、夜が明ければレベリングに勤しむ。
レベルアップ酔いに罹り休憩を取って、体力が回復したらまた、罠を設置して魔物を探す。
常人ならば気が狂うだろう作業も、0歳児から鍛錬漬けの毎日だったアルトにとっては、なんてこともなかった。
体が苦痛を訴えていても、レベリングを楽みながら没頭した。
それはアルトがドワーフたちの背中から教わったこと。
どんなことでも楽しめば、人はその道を極めることが出来るものなのだ。
リオンも今日も、勇者らしいポージングの練習を真面目に行っていた。
何故そこまでポーズにこだわれるのだろう?
時々、彼の魂の熱量がどこから来ているのか、アルトには判らなくなる。
ともかく、レベリングと罠の設置を繰り返して3日目。
アルトのレベルは30となり、ワイバーンの巣全体に罠が行き届いた。
その翌日、目を覚ましたアルトはリオンと共に、再びワイバーンの巣に向かった。
「それじゃあ行きますね」
「お、おう」
一言リオンに断りを入れてから、アルトはこれまで設置し、スタンバイさせてきた罠を一気に発動させた。
一瞬でワイバーン全体の7割が地面の中に消えた。
空に飛び上がったワイバーンのうちの9割も、次々と落下していく。
「うわぁ……」
その光景を目の当たりにして、リオンは表情が引きつった。
フィンリスの迷宮に、ドラゴン討伐。
かねてより彼の実力は知っているつもりだった。
だがそれですら、彼にある数ある力のひとつでしかなかったのだ。
彼の力の本質は、罠にある。
(なんでこれをいままで封印してたんだ? これがあれば魔物相手に無双出来るってのによ)
もしかすると、なにか制約があるのだろうか?
たとえば寿命を使うとか。
あるいは、魂を削るとか。
そのような悪魔的対価があっても不思議ではない。
それくらい、彼の罠は異質であり、異常だった。
ワイバーンの95%程が地面に吸い込まれ、残り5%程が散り散りに山の向こうへ消えていく。
「師匠、あれは追わなくていいのか?」
「ドラゴン討伐でワイバーンが増殖した手前、さすがに全滅させるのは気が引けます。たぶん、放っておいても大丈夫でしょう」
ワイバーンが地面に消えてしばらくすると、アルトが激しいレベルアップ酔いに罹った。
これだけの数のワイバーンを殲滅すれば、こうなることは予測出来ていたはず。
だが、倒れる寸前まで彼の顔には苦痛を怖れる表情は浮かばなかった。
もしかして、痛いのが好きなのか? とさえ思えてしまう。
「ああ、わたくしの獲物が! お、おまちなさいワイバーン!!」
シトリーが逃げていくワイバーンを追って森の中から姿を現した。
彼女はいままでアルトをつけてきたのだ。あわよくば彼が討伐する魔物をかっさらって、自分が強くなるために……。
(汚い! さすが断罪官汚い!)
(おこぼれは全部オレのものなのに!)
「残念だったな。ワイバーンは全部師匠が倒したぜ!」
「ま、まだ! まだ1匹あそこにいますわ!!」
「なんだとッ!?」
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