第134話 手が差し伸べられない口惜しさ
シトリーが歓喜したので慌てて見ると、確かに1匹、山肌にうずくまったまま不自然な残り方をしていた。
「ああ、師匠ってば、ほんと粋なことしてくれる」
そう。きっとあれは、リオンへのプレゼントだ。
フィンリスで狩りをしていたときも、必ずアルトはリオンに1匹ずつ魔物を送り込んでいた。
だからこれも、師匠がリオンに送った魔物なのだ!
リ・オ・ンへの!! プレゼントだ。
決してシトリーなんかのものではない。
「残念だったなシトリー。アンタの分のワイバーンはねーから!!」
アルトの身の安全をルゥに任せ、リオンは嬉々としてワイバーンに切り込んだ。
爪でざっくり斬りつけられ、危うく頭から飲み込まれそうになりながらも、リオンはなんとかワイバーンの討伐に成功する。
正直、ちょっとだけ遊びすぎた気がする。
久しぶりの強敵に喜びすぎて、気が緩んでしまった。油断さえしなければワイバーンに完勝くらい出来ただろう。
まだまだ、リオンは戦士――いや、勇者として詰めが甘い。
けれど、気が緩んで手が緩んで、油断して反撃されて、ガブガブされても、誰がリオンを責められよう?
だってこれは、アルトと再び冒険を共にする、その大切な初戦だったのだから!
討伐に参加したはいいが全然攻撃が通らなかったのだろう。涙ぐむシトリーを無視して、リオンは苦しむアルトの下に戻った。
「っく……次こそは。次こそは華麗に魔物を倒してみせますわ!」
「あーはいはい」
悔し涙を浮かべるシトリーを適当にあしらいつつ、リオンは自分の鞄から取り出したキャベツの葉を口に放り込む。
「強敵との戦闘直後に食事とは、神経が図太いですわね」
「なんだ、アンタも食いたいのか?」
「いりません。……ところで、一体アルトはどうしてしまわれたんですの? まさか食あたりですか?」
「なわけねぇだろ。レベルアップ酔いだよ」
「れ――!?」
シトリーは初見なのだろう。自分の知ってるレベルアップ酔いと違う! と言うように目がぐわっと大きく見開かれた。
「アルトは一体なにをされたんですの? ただ黙って屈んでいるように見えましたけれど。……そういえば前にも、マナを大量に体から放出していましたわね。何も発動しないから、てっきり失敗なのかと思ってましたけれど」
「罠だ」
言ってしまって良いだろうか? と思ったが、別に隠すようなことではない。むしろ罠が使えると知ったところで、あれは対策がとれるものではない。
それは以前フィンリスで宿に潜り込もうとしたリオンが、その身で嫌という程体感している。
どこにもなにもないように見えた。けれど、足を踏み出したとたん、真下が穴に変わっていた。
おまけに、そのすべてがリオンの心を的確に折るよう仕掛けられているのだ。
階段の1段目で落ちる。2段目、3段目……慎重に足を運び、一番上に到達する1歩手前で落ちる。
壁を伝って登ろうとしたら壁に落ちる。
細い通路に嫌な予感を抱き、一歩下がったら落ちる。
いままで大丈夫だったはずの通路が、何度か通った後に落ちる。
おまけに、穴から這い上がった途端に穴が広がり再び落ちる。
何度心が折れかけたことか……。
あれはリオンの人生で、命に関わらない中では最も壮絶な出来事だった。
次点はドワーフ夫妻の庭にある深い落とし穴だ。
まったくあんな場所に、あんなに恐ろしく深い穴を掘っているとは……。
(師匠は絶対、悪魔の生まれ変わりだ)
……それはさておき、シトリーには話しても大丈夫だろう。
「師匠の特殊なスキルで、ああいう罠があるんだよ。基本は落とし穴だな。それで大体のワイバーンを捕らえたはずだ」
「それは、魔術なんですの?」
シトリーの表情が硬くなった。
貴族である彼女は教養もかなりあるのだろう。罠がどれほどのものか、想像できてしまったのだろう。
彼女のそれは疑問ではない。
『魔術の範疇にあるのか? そうは見えない』という、遠回しな否定である。
「知らねぇよそんなこと。オレは勇者だ。魔術は専門外だよ」
知らないから、彼がどれほどの努力をしてきたかが判らない。いま、どれほどの苦痛に耐えているかも。
苦悶の表情を浮かべ続けるアルトを眺めながら、リオンはそっと息を吐き出した。
(痛みを和らげる魔術が使えれば良いんだけどな……)
「一気にワイバーンを倒したことといいレベルアップ酔いといい……。一体、彼は何故こんなことを。通常、1匹ずつ魔物を討伐するのが定石ですのに……」
「それはもう、変態だからに決まってんだろ」
「へんたい?」
「ああ。オレの師匠はど変態なんだよ。一歩移動する毎に熟練を上げなきゃ落ち着かない。レベリングは常に100匹に囲まれてやらないと物足りない。三日三晩不休で鍛練しないと眠れない。一度集中すると殴らない限り意識が戻らない。どれほど強くなろうとも満足しない。師匠はな、変態の中の変態なんだよ!!」
やめろぉぉぉ! と叫ぶようにアルトが「うごご」と呻いた。
意識くらいはあるかも知れない。リオンの言葉に反論できるほどの余裕はないかもしれないが。
「まったく。リオンさんも冗談が好きですわね。そんな人がこの世にいるはずありませんわ……」
「冗談じゃねぇって」
彼の鍛錬のすさまじさは、もはや病気の域に達している。
神に願いが届くなら、是非ともアルトを真人間に戻してもらいたいものだ。
もしかすると、神の力をもってしても、アルトを真人間にすることは出来ないのかもしれないが……。
「なんだかいろいろな意味で……気の毒ですわ」
「まったくだ」
付き合わされるこちらの身にもなってもらいたい。
もっぱら付いて行ってるのはリオンの方だが。
戦闘は安定してるし、知識もある。並大抵の出来事でない限り失敗もしない。
けれど、何故か危うく感じてしまう。
それは彼が、致命的に不器用だからだ。
もっと簡単な方法があるのに、何故か難しい手法をわざわざ選んでしまう。
そんな人間だからこそ、片時も目を離せない。
目を離した途端に、また消えてしまいそうに思えて不安になるのだ。
「それで、あなたはどうするつもりですの?」
「ん、どうするって?」
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