第135話 犬猿の仲

「この先に大きな気配がありますわよ」


 そう言って、シトリーは山肌にある洞窟の入り口を見た。そこから感じる気配は、さすがのリオンも気づいている。

 この辺りにいたワイバーンのどれよりも強い存在感だ。

 ワイバーンの群れの主だろうか。


「とりあえず、師匠が起きるのを待つしかねぇな」

「どうしてですの? いまなら強い魔物を1人で倒せますわよ? 強大な敵を1人で討伐する。あなた好みかと思いましたのに」


 そう言って焚きつけて、後ろからツンツン攻撃するつもりなのだろう。魂胆が見え見えである。


「確かに勇者は強大な敵に立ち向かう職業だよな! シトリーも判ってんな! けど、まだまだだな。強大な敵と立ち向かうのは、師匠が起きてからでも遅くない」

「あの気配を感じて、臆病風に吹かれてしまわれたのですね」

「馬鹿言え」

「アルトをここに放置するのが心配なのでしたら、背負って行けば良いのでは?」

「あのなあ、未知の領域に足を踏み入れる感動を、独り占めするなんてもったいないって言ってるんだよ」

「えっ?」

「勇者ってのは、1人で偉業を成すわけじゃない。隣には必ず、優秀な仲間がいるものなんだよ。当然ながら、最後の一撃は勇者であるオレのもんだけどなっ!」


 リオンはキャベツを鞄にしまい、その場で寝転がった。


「ここは師匠が切り開いた道。師匠と一緒に歩くのが筋ってもんだろ。それとも……、他人が切り開いた道を、他人を退け進んでいくのがアンタの言う正義なのか?」

「…………」


 リオンの瞳にわずかな侮蔑が混じった。

 それを見て、シトリーは喉を詰まらせる。


 シトリーが歩んできた道はそういう世界だった。他人に道を切り開かせて、他人を蹴落とし、自分が真っ先にゴールまで駆け抜ける。

 そうして12将という地位を得た。


 そうまでして12将に上り詰めたのは、一重にジャスティス家の生まれというプレッシャーがあったからだ。


 ジャスティス家は建国時に初代当主の多大なる功績を認められ、カーネル家と双璧を成す貴族の頂点――公爵家として君臨し続けた。

 その名門貴族の子として生まれたが故に、シトリーには過大な期待が掛けられた。


 女性であるが故に、男性よりも大きな功績を残さなければ評価されない。

 だからこそ、シトリーは12将を目指した。


 並の功績では認めてくれない。

 だが12将であれば、さすがに両親も認めてくれるはずだ。

 12将になれば、ジャスティス家の行く末も安泰だ。


 結果、12将にはなれた。

 そのことで、両親は喜んでくれた。


 しかしアルトに負けた結果、シトリーを待っていたのは12将からの除名。そして、両親から突きつけられた条件付きの絶縁状だった。


 シトリーは半ば追放されるような形で、ユーフォニアを離れた。

 そうなったのも、自分がまいた種が原因だ。

 シトリーが12将に上り詰めるまで、あらゆる計略・政治力を用いて同僚を蹴落としていったから……。


 アルトに負けたとき、いままで蹴落としてきた同僚達が、一斉にシトリーの足を引っ張った。

 噂話から始まり、情報の切り貼り、虚偽の流布、誤報による印象操作、藁人形論法(きべん)を用いた人格否定。


 彼らは様々な〈印象操作〉スキルを駆使して、シトリーが塗り固めたメッキを剥がしにかかった。


 シトリーが12年かかって積み上げた地位は、一瞬のうちに崩れ去ったのだった。




 リオンはシトリーから、その身に起こった出来事をいくつか聞いている。少なくとも当初彼女は敵だったが、1年という旅の時間が彼女との距離を縮めた。

 まだ仲間とは呼べないが、放っておけない知り合いくらいにはなっている。


 リオンから言わせれば、シトリーはまだなにも見えてない。

 リオンでさえ、つい先日まで見えなかったのだ。いまだって、はっきりと見えているか疑わしい。

 だがそれでも彼女よりは知っているつもりだ。


 どん底に落ちた時、どうすれば良いのかを……。


「ま、しばらくは流れに身を任せれば良いんだよ。あっちにふらふら、こっちにふらふら。流れに逆らわず、自由に自分の形を変えたまえ」

「し、しかしわたくしは――」

「変えられないって言うなら、変わらなきゃいいんだよ。変わらないように、変わっていけばいい」

「……矛盾してますわよ? まったくこれだから脳みそが筋肉の平民は」

「矛盾してねぇよ! っふん。さすがにおこちゃまにはわかりにくかったでちゅねー!」

「数千年生きているのに女性経験ナシの殿方にお子様と言われても、痛くもかゆくもありませんわよ」

「…………ツルペタ」

「…………非モテ男」

「ぬがぁぁぁ!」

「きぃぃぃぃ!」


 せっかく良い雰囲気になったと思ったのに。

 最終的にはやはり額を付き合わせながら掴みかかる2人なのだった。

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