第155話 絆の頑強さを確かめる方法

 ネフィリルに労働を指示されてから1ヶ月が経った。

 アルトは与えられたすべての仕事を無事、乗り切った。


「〈刻印〉を教えていただき、ありがとうございました!」

「っふん。別に教えたわけじゃない。ただの罰だ」


 感謝を示すと、ネフィリルは苦虫をかみつぶしたような顔をした。きっと人間からありがとうと言われることに慣れていないのだ。


 それも仕方が無い。

 彼は……エルフは、人間に酷い事をされた。一朝一夕に素直になるなど不可能なのだ。


「お前の顔など二度と見たくないわ」


 そう言って、ネフィリルは酋長邸に消えた。


「アルト」


 酋長邸の入り口を眺め続けるシトリーが複雑な表情を浮かべ、


「いまの酋長殿の言葉は『生きていればまた会おう』という意味でしたわよね?」

「……どうでしょう。そうだったら、嬉しいですね」






 ドワーフ街に戻ると、すぐに工房に向かった。

 だが工房には人っ子1人いない。

 食堂にいるのかと思ったが、いない。どこにも、誰もいない。


 もしかして、なにかあったんじゃないか?

 不安に思い、アルトは急いで工房を飛び出しリオン、シトリーと合流。


「師匠、慌ててどうしたんだよ」

「中にドワーフがいません」

「みんな外出中か?」

「それは……わかりませんけど」


 外出しているにしても、武具製作はドワーフの趣味。誰かはいるはずだとは思う。


「もしかしたら……。オリアスが何かしたのかもしれません」

「あのタイセイの人か。生きてたのか?」

「わかりませんけど」


 タイセイってカタコトで言わないでもらいたい。

 あの『セイセイ』って口癖が頭によみがえる。


「それはありませんわ」


 ドワーフを捜索しようと一歩踏み出したところで、シトリーが口を開いた。


「その根拠は?」

「疚しいことはありませんが、探らないでくださいましね? ……おそらくオリアスはこの地を離れていますわ」


『どうしてそれを?』

 その言葉が口をつきそうになり、咄嗟に堪える。


 シトリーが探らないでくれと言っているのだ。訳があるのだろう。

 アルトは一度深呼吸をする。


「わかりました。じゃあ、事件に巻き込まれたわけではなさそうですね」

「ええ。……ありがとうございます」


 シトリーは申し訳なさそうに頭を下げた。

 横からすっと音も無く歩みよってきたリオンが、アルトの耳に口を寄せた。


「師匠、信用すんのか?」

「調べればすぐバレる嘘をつく意味ってあります?」

「……ねぇな」


 ひとまずアルトは家に急いだ。

 家にいるリベットの姿を見た途端に、アルトの肩から力が抜けた。


 かくんと崩れそうになる足を懸命に堪える。そこでアルトは、自分がどれほど緊張していたのかに気づいた。

 少し恥ずかしい気持ちを抑え、アルトはリベットに近づいた。


「ただいま戻りました」

「おかえり」

「リベットさん、ダグラさんを見ませんでしたか?」

「ん、工房じゃないのかい?」

「いえ、工房にはいませんでした」

「……ちっ!」


 ダグラの居場所に見当が付いたのだろう。リベットが忌々しい顔をして舌打ちをした。


「なら酒場だね。あいつ、昼間っから仕事をさぼりやがって……。家に戻ってきたタダじゃおかないんだから」


(む。もしかして知らないあいだにダグラさんの死亡フラグを立てちゃった?)


 殺意を滾らせるリベットに断りを入れ、アルトは酒場に向かった。


 そこには、既に出来上がったドワーフがいた。

 みんなで肩を組み、調子外れの歌を歌っている。


 歌が終わるとダグラが前へ進み出て、杯を上に掲げた。


「諸君! 我々は、本日、大きな仕事をやり遂げた!!」

「「「おおおおおお!」」」

「こんな仕事は、もう一生に二度と現れないだろう!」

「「「おおおおおお!!」」」

「失敗はないか? 自分の力は発揮出来たか? 思い残しはないか? 全力でぶつかったか!?」

「「「おおおおおお!!」」」

「ならば祝おう!! 素晴らしい武具を作った俺達に、そして素晴らしい素材を提供してくれたアルトに――」


「「「「カンパーイ!!」」」」

「……うん」


 どうやら、ドラゴン武具完成の打ち上げをしているだけのようだ。

 心配をして損をした。


「ダグラさん」

「おお、アルトじゃねーか!」


 いつもよりも若干呂律の回らないダグラに、アルトはそっと耳打ちをする。


「ごめんなさい。この飲み会、リベットさんにばれちゃいました」

「なっ――」


 ダグラの赤ら顔が、一瞬にして青に変わった。


「おいおい。ダグラ、てめぇ嫁さんが怖いのかよ!?」

「頭領とあろーものが情けねーなー!」

「んだと!? 誰だ? もう一度言ってみやがれ!!」


 安い挑発で血が上ったダグラが、職人達の群れの中に突っ込んだ。そこからはもう、乱闘だった。

 騒げ、殴れ、踊れ。

 ドワーフたちは本能のままに拳を振るう。

 乱闘が起きているのに、酒場の店員達はどこか楽しそうである。やはりドワーフ。喧嘩は祭りの花みたいにしか思ってないのだ。


 ドワーフ自体はそこまで戦闘力の高い種族ではない。放っておいても大けがする人は出ないだろう。

 乱闘に巻き込まれないよう、アルトはそそくさと酒場を後にした。


「なんか、中が騒がしいけどなにがあったんだ?」

「みんな仲良く喧嘩してる」

「それって、仲がいいのか?」

「……たぶん」


 他の種族には、理解が難しい文化である。

 だが想像はできる。


 ドワーフは、殴って絆を確かめる。

 自分たちの絆は、殴ったくらいじゃ壊れないと証明するのだ。


 酒場で喧嘩し、いいだけ酒を飲んだダグラはもちろん、家に帰るなりリベットの背骨折りを食らい寝床まで運ばれていった。

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