第111話 善魔との戦い2

 アルトが勝利を意識した時だった。

 善魔の翼が大きく開いた。


「ヤバ――」


 アルトは反射的に腕を持ち上げて防御。

 同時に全力でバックステップする。


 次の瞬間、

 目が眩むほどの光を発して、翼から羽根が放たれた。

 放たれた光の羽根を全力で知覚し、致命傷になるものだけを避けていく。


 羽根は、アルトの頬、肩、脇腹を掠めて通り抜けた。


「ぐっ!!」


 そのどれもが掠っただけにも関わらず、激烈に痛んだ。


 激しい痛みに思考がぶれた。

 その時、

 アルトの胸めがけて一枚の羽根が飛んできた。


(無理――)

(躱せな――!)


 白い光が胸に直撃。

 アルトは後方に吹き飛んだ。


 攻撃の威力は邸宅の壁では止まらなかった。

 次から次へと廊下を突き抜ける。


 やっと止まったのは、邸宅の中央に達した時だった。

 息ができず、アルトはしばらく転がりながら悶絶する。


 背中と、後頭部が酷く痛む。

 壁に接触する寸前に、アルトは背中に〈空気袋(エアクッション)〉を展開させた。そのおかげで、死ぬ程痛いだけで済んでいる。

 もしなにもなければ、ミンチになっていたに違いない。


(しかし……変だな)


 羽根は、間違いなくアルトの胸に刺さった。

 なのに、胸への攻撃は致命傷に至っていない。

 どちらかというと、背中と後頭部の方がダメージが厳しいくらいだ。


 不思議に思い、アルトは胸を見る。


 羽根は、きちんと刺さっていた。

 だが、刺さった場所はアルトの胸ではなく、熱魔術の耐性を僅かに上げる魔道具の中心だった。


 魔道具にはめ込まれた宝石が割れる。

 同時に、刺さった羽根がかき消えた。


「……」


 ほんの僅かでもズレていたら、あるいはこれが品質がずば抜けて高いハーグ製でなければ、きっとアルトは致命的な傷を負っていたに違いない。


(こういうものを、奇跡と呼ぶのかな……)


『何一つ無駄はなかった』


 その言葉を思い出し、深く納得する。

 たしかに、あの霞の言う通りだ。


 邸宅の外から、僅かに戦闘の音が聞こえてくる。

 どうやらマギカも無事のようだ。


(……よかった)


 ほっと胸をなで下ろす。


「すぐに、戦闘に戻らないと!」


 アルトは急ぎ、立ち上がる。

 その時だった。

 僅かな光が目に留まった。


 そこには、カーネル家の宝剣があった。

 30センチほどの白い短剣が、アルトの目に光を反射させる。

 まるで、使えと言うかのように……。


 もちろんそれは、アルトの思い込みだ。

 しかし、自分の武器は折れてしまっている。


 素手で戦うよりも、武器はあった方が良い。


 アルトは宝剣に手を掛けた。


 すぅ、とアルトの体が温度を下げた。

 強く握ると、手が凍り付いてしまいそうだった。


「……これが、いままで誰もが装備できなかった理由かな?」


 実際、軽く持ってるだけなのに、まるで氷水の中に手を突っ込んだみたいだった。

 たしかに、これを装備するのはかなり難儀だ。


「力を貸してほしい。少しだけで良い。たった1度、敵を倒すだけ。それだけで、守りたいものが守れるんだ。だから、お願いします……」


 アルトは祈る。

 相変わらず手にした短剣は冷たい。

 けれど、持てない程ではなかった。


 短剣に付いた宝玉が、きらり輝いた。

『持って行け』ということか。


「ありがとうございます」


 アルトは短剣に礼をする。

 短剣を腰に差し、戦場へと大急ぎで戻っていった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 戦場に戻ったアルトはまず、マギカの無事を確かめる。


 先ほどの攻撃で、致命傷を負った様子はない。だが、全身が傷だらけになっている。

 そのせいか、幾分敏捷性が落ちていた。

 先ほどまでは軽々避けていた善魔の攻撃が、いまはギリギリ凌ぐので精一杯に見える。


 マギカが崩れる前に、アルトは急ぎ魔術を発動した。

 極小フレアをいくつも生み出して、あらゆる空間に設置する。


 そのどれもが、人を1人殺して余り在るほどの力を秘めていた。

 しかし善魔相手には、あまり効果がみられない。


 一つ、また一つと当てていくが、善魔の動きはまるで鈍らない。


(もしかして、体力が無限なんじゃ?)


 そんな不安が鎌首をもたげる。

 しかし形あるものは、絶対に壊れる。

 いかな神の手先といえど、攻撃し続ければいずれ壊れるはずだ。


(ここは焦らず、じっくりと)


 焦って力押しすれば、プラントオーガ戦の二の舞だ。

 それがマギカも判っているようで、善魔に大きな隙が生まれても、大技を放つ気配がない。


 ふと、善魔に隙が生まれた瞬間に、マギカがアルトに視線を送った。

 一度だけでなく、二度、三度と、彼女がアイコンタクトを送って来る。


(……なるほど)


 それを見て、アルトは彼女の意図を察する。


 致命の一撃。

 それを彼女は、アルトに促しているのだ。


 それは、アルトなら倒せると思っているわけではない。

 前衛が失敗すると後衛も道連れになるが、後衛が失敗しても残っているのが前衛ならばリカバリーが効くのだ。


 最悪、アルトが死んでもマギカだけは戦い続けられる。


 彼女の意図を汲み取り、アルトは極小フレアの所々に、全力全開高威力+αのものを仕込んでいく。

 相手にその場所がばれぬよう、常にシャッフルを繰り返す。


 高威力のもの数が30を超えるくらいで、ついに状況が動いた。


 マギカの攻撃が、善魔に隙を作った。

 その最も近い場所に、極小高威力フレアがあった。

 すかさずアルトは、フレアをぶつける。


 その赤い炎は善魔の胸の装甲を軋ませながら溶かし、貫いた。

 即座にアルトは、マナを解放した。

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