第112話 善魔との戦い3

(爆ぜろ!)


 ――瞬転。


 限界まで圧縮したフレアがその束縛を解いた。

 轟音と衝撃が鎧の中から響き渡る。


 夜の黒々とした闇の中に、その爆音がどこまでも突き抜けていった。

 音とともに地面も揺れる。


 この威力に、アルトは僅かに背筋が凍る。


(もしこれを鎧の外で解放してたら、僕も巻き添えになってたな……)


 驚くべきは魔術ではなく、善魔だった。

 あれほどの衝撃を受けたにも拘わらず、鎧はほとんど傷んでいなかった。


「ヤバ――」


 瞬き一つで、善魔がアルトの直前まで迫っていた。

 慌ててアルトは短剣を抜く。


 体勢が調う前に、短剣とポールアクスが接触。

 幸い、短剣は折れなかった。

 しかしアルトの腕力では善魔の攻撃を抑えきれない。


 短剣が押され、額に峰が直撃しても収まることなく、アルトは後方に吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされた先は、邸宅の軒下だった。

 丁度二階を見上げる形で、アルトは仰向けに転がった。


 その視線の先に、ぼんやりと誰かの顔が見える。


(ハンナか?)


 ぼんやりした顔が、徐々に像を結ぶ。


「…………さん。アルトさん!!」


 ハンナが泣きながら、アルトの名前を呼んでいる。


(まだ生きてる)

(ハンナは、生きている)

(そして僕も)

(生きている)


 ――だから、動け!


 上体を持ち上げると、体のあちこちで悲鳴が上がった。

 とくに額が酷い。割れたみたいに痛む。

 だが、歯を食いしばって耐える。

 耐えなきゃいけない。

 悶絶などしていられない。


 ふらふらしながら、アルトは立ち上がった。


「敵は……どこだ?」


 気配を察知。

 敵は、直上。


(――直上!?)


 慌てて2階を見上げる。

 すると、いままさに善魔がポールアクスをハンナめがけて振り下さんとしていた。


 振り上げられたポールアクスに力が込められる。


「……ありがとう」


 極限まで引き延ばされた、残り1秒。

 そう言って、ハンナは無理矢理はにかんだ。


 アルトの全身が、途端にカッと熱くなる。


(一体、僕はなんでここにいるんだ?)

(誰かを助けるためだろう?)

(最後の最後まで体を動かさなくてどうする?)

(命尽きるまで動いていなくてどうする!?)


(動け、動け、動け!!)


(僕は――守るんだって、決めたじゃないか!)

(この命、燃え尽きるまで)


「――動け体(がらくた)!!」


 ふと、掌に温もり広がった。

 僅かに短剣が、熱くなっている。

 その短剣を強く握りしめ、アルトは魔力を解放した。


「〈ハック〉」


 ハンナの頭を粉砕するかに思えたポールアクスが、突如軌道を変えた。


 アクスはハンナを避け、テラスの床に突き刺さった。

 次の瞬間、


 ――ズンッ!!


 テラスが大きな音を立てて、真っ二つになった。

 ポールアクスの風圧だけで、テラスの大部分が切り裂かれたのだ。


「〈ハック〉」


 アルトの頭上に、テラスの残骸が迫る。

 しかし、すべての残骸がアルトを避けて脇に落下した。


「〈ハック〉、〈グレイブ〉」


 善魔のアクスが僅かに持ち上がる。

 次の瞬間、アクスの方向が反転。

 床に向かって勢いよく落下した。


 善魔が僅かに態勢を崩した。

 支えになる足に力を込めた時、善魔の足下が〈グレイブ〉により消えた。


 突然の出来事に対応出来なかったか。

 善魔がそのままの態勢でテラスの下――アルトの目の前に落下した。


「お前の相手は、僕だ」


 アルトが短剣を振りかぶる。

 殺気に気付いた善魔が、ようやっとアルトを見た。


 ――〈ハック〉。


 アルトの攻撃は、コンマ1秒で亜音速まで加速する。

 短剣の切っ先が、善魔の肩口に吸い込まれた。


 一瞬の静寂。

 後、善魔の右腕が、ポールアクスとともに落下した。


「――――――――ッ!!」


 このとき、初めて善魔が声を上げた。

 まるで金切り声のような悲鳴だった。


 しかしアルトは構わず、二の太刀を振りかぶる。

 その時、神が仕組んだ破滅が姿を現した。


 善魔の失った腕から、強い光が溢れだした。

 その光は、まっすぐ街を走り、音も無く蒸発させた。


(なんて威力だ)

(神は人間を滅ぼすつもりか!?)


 善魔の肩口から溢れた光は、ガミジンの宝具に似ていた。

 威力は桁違い。

 この光だけで、ユーフォニアが地図から消える。


 やけに硬い鎧は、この力を抑えるためのものか。

 このまま善魔を倒したとしても、破滅の解放に繋がりかねない。


(こいつを倒すだけじゃ、ハンナが助からない!)


 アルトは咄嗟に短剣をしまい、その体ごと善魔に体当たりした。


 腕を失ったためか、善魔の巨体はあっさりアルトの腕力で捕まえられた。

 それを無理矢理地面に押さえつける。

 善魔の肩から漏れる光を、なるべく1方向にのみ向け続ける。


 アルトの束縛を抜け出そうとする善魔を〈重魔術〉で押さえつけ、下に〈グレイブ〉を展開。

 自分の上から更に〈ハック〉を重ねる。

〈グレイブ〉の穴に、善魔がゆっくり沈んでいく。


 アルトのその作戦は効果的だった。

 光が〈グレイブ〉に遮断された。


〈グレイブ〉の壁が掘削され続けているが、街への被害は抑えられている。

 だが、もしいま善魔が自爆すればお終いだ。


(どうすれば……)


 アルトの背筋に、冷たい汗が流れる。

 不意に、アルトの脳裏にガミジンの姿が浮かんだ。


(なるほど。その方法があったか!)

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