第113話 戦いの果てに

 閃くと同時に、アルトは〈グレイブ〉の形状を変化させる。

 善魔の右肩が下方を向くよう、態勢を変える。


 すると、善魔とアルトの体が僅かに浮かび上がった。

 光の反動だ。


 アルトは瞬時に〈重魔術〉を消し、〈ハック〉を反転。全力で上に追い出した。


「アルト!」

「マギカ来ないで! 真下は危ない!! すぐにハンナを連れて逃げて!」


 近づこうとするマギカを、大声で静止させる。

 善魔が少し身じろぎすると、破壊光がどこに向かうかわからない。

 下方は危険だ。


 なのでマギカにハンナを一任した。

 彼女ほどの敏捷力があれば、たとえ新たな敵が迫ろうとも、きっとうまく逃げ切れるはずだから。


 珍しいことに、いつも無表情だったマギカの顔が悲壮感にゆがんでいた。


(そんな顔しないで)

(僕の命は、元々ないものなんだから)


 アルトは決して、恵まれた肉体を持っていたわけではない。

 お金だって、農民だからあるはずがない。


 存在力も、(今は2だけれど)元は最低の1だった。

 集中すれば1つのことしか見えなくなって、平気で食事や睡眠を忘れてしまう。


 マギカやリオンには、迷惑を掛けっぱなしだったに違いない。


 もっとスマートな生き方が、きっとあったはずだ。

 けれどアルトには、この生き方しか出来なかった。

 こんな魂の使い方しか出来なかった。


(これからハンナを、頼んだよ)


 意思を乗せたアルトの視線に、マギカがゆっくりと頷いた。


 アルトと善魔は、〈ハック〉の上を進んでいく。

 そんな中、善魔だって黙ってはいない。今も腕の中で、暴れ続けている。

 しかしアルトは、奥歯を食いしばって善魔を押さえつける。


(お前をハンナの元から離すまでは)

(絶対にこの手を離すもんか!)


 全力で魔術と〈ハック〉を使い、善魔を制御ながら北の彼方に向かって進み始める。

 その2人が山の麓にさしかかったとき、ついに善魔の体が限界を迎えた。





 この日、北方で起った爆発により、レアティス山脈の麓の大森林が大きくえぐれた。

 周囲の木々が2kmにもわたってなぎ倒されたことから、その威力がどれほど凄まじいものだったかが推測できる。


 後の研究により、この爆発が地上約600m上空で起ったことが解明され、学者達は度肝を抜かれた。

 王都ユーフォニア上空で爆発が起っていれば、いまごろ首都は壊滅していただろう。


 レアティス山脈の現場と王都ユーフォニアは目と鼻の先。今後このような事態が王都で起らないとも限らない。

 首都防衛のために様々な研究者がさらなる研究を重ねたが、

 何故爆発が起ったのか?

 それは何故レアティス山脈の麓だったのか?

 誰1人解明できた者はいなかった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 レアティス山脈で爆発があった翌日、諜報部がもたらした情報が、ユーフォニア国王を震撼させた。

 確認のため行われた儀式により、情報が確定する。


 その情報はフォルテミス教により世界各地へと広まる。


『人族の農民アルト、ならにび栗鼠族のマキア・エクステート・テロルを、世界秩序を乱す存在であると認定し、教皇庁指定排除因子とする。


 両者は捕縛次第、セレネ皇国へと連行されたし。

 ただし、生死は問わないものとする』

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