第147話 幾百年の恨みと赦し

「なあアルト。これ全部、やりてぇって手ぇ挙げた奴ら全員に配って良いか?」

「…………全部はダメです」

「な、なんでだよ!」


 骨だけで70近くあるドラゴンの素材を、全員に配って好きなだけ製作されたら、一体どれほどの武具の数になるかわかったものではない。


 ドラゴンの武具は必要な分だけあれば十分だ。


「条件をつけさせてください。1班で製作していい武具の数は3つ。製作する武具の品質は最低でもA。できればSを目指してください」

「え、Sだとっ!?」


 さすがに無謀だったか。アルトの指定にダグラが目を剥いた。

 とはいえ、ドラゴンの素材を使えば品質に補正がかかる。


 漢は究極を目指すものだ。

 ならば、目指すべきは品質Sだ。


 アルトの条件に驚いたダグラだったが、その目にみるみる闘志が宿っていく。


「……っへ。ガキの癖に焚きつけるじゃねぇか」

「ダグラさんの指導のおかげです」


 ふん、とダグラが面白そうに、平手で鼻を擦り挙げるのだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 技神ゼマイティスが族長ネフィリルの意識に現れたのは、約1700年ぶりのことだった。


 力が足りないのか、姿は以前と比べて霞がかっている。

 しかし神聖な雰囲気は、幻と疑う余地を与えない。


『すまんな、ネフィリル』


 厳かな神の言葉に、ネフィリルの体が震えた。


 それと同時に、頭の中に猛烈な力が流れ込んできた。


 それは過去の記憶。

 神代戦争の映像。


 人間に捕らえれたエルフの戦士達が首を刈り取られる。

 助けた難民の中に紛れた人間が、次々と戦士達を襲う。


 どこから紛れ込んだのか、人間はあっという間にエルフの街を蹂躙した。

 戦える者達を殺害し、逃げる者すら炸裂魔法で吹き飛ばした。


 言葉にするのも憚られるほどの惨い仕打ちに、魂が砕けるエルフが続出した。


 難を逃れた十数名のエルフ達は、自分たちの無力さを嘆きながら現代まで命を繋いだ。

 いつか人間に、同胞が受けた屈辱を晴らすために……。


 ネフィリルも、そのうちの一人である。

 人間の暴力から、同胞を救うことが出来なかった。

 残虐な人間を前に、エルフの知恵はなんの役にも立たなかった。


 ――自分は何も出来なかった。

 ――自分はあまりに、無力だった。


 ネフィリルの目から、次々と涙があふれ出す。

 同時にどす黒い感情も……。


 ――絶対に、忘れるものか。

 ――自分が死ぬまで、人間を恨み抜いてやるッ!!


 歴史の記憶が終わると、映像は次に人間を中心にして動き出す。


 ある人間は獣人の遊撃に遭い、四肢を吹き飛ばされてからゆっくりと殺された。

 またある人間はエルフが盛った毒に犯され、十数時間苦しんだ後に死んだ。


 即死、圧死、衰弱死、餓死、拷問死。

 エルフたちを根絶やしにした人間たちは、すべからく非業の死を遂げた。

 まるで神が落とした天罰のように。


『辛い過去を見せて悪かった。いまのは、エルフを害した奴らの末路じゃ。ろくな死に方をせんかったわ』

「神ゼマイティスよ。何故そのような記憶をこの身に授けたのでしょうか?」

『判らんか?』

「いえ……」


 ゼマイティスに訊ねられ、ネフィリルは言葉に困った。


 神の意図していることは理解出来る。

『人間への復讐は、既に果たされている』

 そう、神は言いたいのだ。


 だが、理解出来ても、納得出来るとは限らない。


「復讐は、この手で行わなければ晴れるものではありません……」

『してお前は、どんな目に遭った?』

「……はい。仲間が酷い目に遭っているのを見守ることしかできませんでした」

『お前は、なにもされなかったんだな?』

「されました! 同胞を人間に蹂躙され――」

『それはもう聞いた。儂が聞きたいのは一つ。お前は人間に復讐する権利があるのか、それだけだ。そんな事も判らんようになってしまったか……』


 神の嘆きが、ネフィリルの心を深く抉った。

 失望された。

 その思いが、冷たい血液となって全身を駆け巡る。


『人間に石を投げて良いのは、石を投げられた者だけだ。貴様には、人間に石を投げる権利はない』

「しかし――」

『分をわきまえよ。蹂躙された者達の気持ちを真に理解する日など、魂に同調出来ぬヒトには未来永劫訪れぬ』

「……」


 ゼマイティスの言は最もである。

 蹂躙されたのは、ネフィリルではない。死んでいった同胞達である。

 ネフィリルに、その同胞達のなにが判るというのか?

 思い上がり大概にしろ。ゼマイティスはそう叱りつけたのだ。


 だが、ネフィリルは反論が胸の中を駆け巡る。

 苦しい思いをしたのは彼ら彼女らである。しかしその残虐な光景を目にしたネフィリルだって、千数百年も苦しんだのだ。

 だから、同胞の恨みを晴らす権利はある。


 しかし、しかし、しかし……。


『裁きの天秤はフォルテミスのみが握っておる。貴様は自分がフォルテミスにでもなった気でおるのか?』

「い、いえ……」

『ではいつから自分が裁けるものだと勘違いした? 貴様は、一体誰の使途だ!!」


 ゼマイティスの激しい怒りに、ネフィリルは雷に打たれたような気分だった。

 体中が震え、ねっとりとした汗が脇の下を流れ落ちる。


『眼(まなこ)の曇りを取り除け。知識の濁りを浄化しろ。純粋な瞳を世界に向けよ。そうして深淵なる知識をもって思考するのだ。儂がお前に許したのは、あるがままを見渡し、鋭い洞察力を用いて語ることのみよ』

「…………」

『お前が許せぬ気持ちは理解できる。じゃが、暴虐の限りを尽くされた魂のほとんどは、現世に生を受けるのを待っておる。もう誰も、恨みなど抱いておらんわ。だからネフィリルよ。そろそろ自分を許しても良いのではないか?』


 その言葉を最後に、ネフィリルの意識からゼマイティスが消えていった。

 後に残ったのは、びっしりと汗が滲んだ己の肉体の感覚のみ。


『そろそろ自分を許しても、良いのではないか?』


 主神が消えてもその言葉だけは、ネフィリルの頭にこびり付いて離れなかった。

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