第146話 ゴミじゃないからッ!

 ワイバーンの生き残りがどういう行動を取るかわからない。

 エルフはまだしばらく洞窟には近づけないが、金緑石を1塊渡しているので、刻印の作業の方は大丈夫だろう。

 しばらくアルトは洞窟に通って警戒を続けるつもりだが、石がなくなる頃にはエルフが採掘に行っても問題ないはずだ。


「ただい――」

「おおおおおおい! アルトゥアァァァ!!」

「はひ!?」


 ドワーフ街の自宅へと戻ってきたアルトは、突然ダグラに胸元を締め上げられた。


「貴様、ドラゴンの素材をどこから仕入れやがった!?」

「ど、どらごん?」

「とぼけんじゃねぇ!! ワシぁ聞いたんだぞ!? 裁縫室の奴等から、アルトがドラゴンの皮を持ってきたって話しをぉぉぉぉ!!」


 早速ばれたか。

 いや、口止めをしていなかったし、工房を使っているのでいずれバレるだろうと思っていたが、予想よりも早かった。

 さすがはギルド長というところか。


「ええと、以前に――」

「御託はいい。出せ」

「……へ?」

「ドラゴンの素材を出せ!! いますぐ! ワシも作る。ワシにも作らせろぉぉ!!」


 どうやらドラゴンの皮で鞄を製作している現場を見たダグラは、職人スイッチが入ってしまったらしい。

 がくんがくんとダグラがアルトの首を揺らす。

 その後ろから、静かな殺気が迫る。


 突然、


「んごぉぉぉぉ!?」


 ダグラの頭にフライパンが落とされた。


「あんた、もう夜だよ。大声を出して近所に迷惑じゃないか。しかもアルトの首まで絞めて。それが大人のやることかい!?」

「か、かーちゃん。これには漢の事情があってよぉ」

「漢の事情だかなんだか知らないけど、まずその前に大人として弁えなきゃいけないもんがあるだろ?」


 反論しようとしたダグラの気勢は、リベットの威圧にミシミシと押しつぶされてしまった。


「アルト、お友達はつれて来なかったのかい?」

「……誰?」

「ほらあの、頭が空っぽみたいな顔の男さね。ありゃ、あんたの友達だろ?」

「違います」


 断じて、違う。

 あれは友達ではない。ただのモブだ。


「それで、あの人はどこにいるんだい? まさか外で寝てるわけじゃないだろうね?」

「あー……」


 リベットが言いたいことがわかり、アルトの背中に冷たい汗が浮かび上がる。


 食事中は食べ物に集中する。よそ見しない。人と話すときは目を合わせる。お礼は絶対。

 作法に対してリベットはかなり五月蠅い。


 そんな彼女が気にしているのは、アルトの友人が辛い思いをしていないかである。

 外で寝泊まりしていて、それをアルトが知っていたとなると、張り手がいくつ飛ぶかわかったものではない。


「た、たぶん帝都内に宿を取っているんじゃないかと思いますが……」

「ふぅん。まあ、いいけど」


 良いといいつつ、もし外で寝かせてたんだとしたらタダじゃおかないよ?という顔をしている。

 何故だろう。

 アルトはいま、中級悪魔やオリアスと戦っていたとき以上に、追い詰められている。


「それでアルト。ドラゴンの素材を出せ。今すぐ」


 大きなたんこぶの出来た頭をさすりながら、ダグラがアルトに詰め寄ってきた。


「帝国の依頼はいいんですか?」

「なんとかする」

「……ほかのドワーフに睨まれますよ? それに、リベットさんにも」


 1人帝国の仕事をほったらかして、ドラゴンの素材で武器を作ったとなれば、他のドワーフたちが黙っていないだろう。

 俺にもやらせろと、職人たちが諸手を挙げるだろう。

 もしダグラ限定になどしようものなら、血で血を洗う喧嘩が始まりかねない。


(どうしようかな……)


 考えているアルトの目に、ダグラのまっすぐな瞳が映り込んだ。


「頼む。やらせてくれ」

「……わかりました」


 結局、ダグラのまっすぐさに折れた。


 アルトはドワーフに、ドラゴンの素材で武器を作ってもらうことが嫌な訳ではない。

 むしろ積極的に作ってもらいたいくらいだ。


 しかしドワーフは公的機関の職員である。通常であればその力を借りるには国の許可が必要だ。

 もしドワーフが勝手に自分たちの趣味を炸裂させれば、帝国がどんな反応をするか……。アルトはそれがとても不安だった。


 だが、こうなったダグラはテコでも動かない。それをよくよく知っている。

 仕方ない。アルトは鞄からルゥを取り出した。


「なっ!?」

「ひっ!!」

「あ、大丈夫です。このスライムは僕の仲間なので」


 ほら、とルゥを軽く前に出すと、ぷるんとルゥは頭を下げた。

 その様子を見て、ダグラとリベットの2人の表情から恐怖や驚愕が一気に消えた。


「これはご丁寧にどうも。ワシはダグラだ」

「あたしはリベットと申します。どうもどうも」

「(ぷるぷる)」


 2人のことだから大丈夫だろうと思っていたが、実際にルゥを見せてみるとアルトの予想以上にすんなり受け入れてくれたようで良かった。


 ドラゴンの素材はマギカとリオンと3人での山分けだ。勝手に二人の分け前を使うわけにはいかない。

 とはいえ、どの部位が欲しいという話は聞いていない。

 なので大雑把に3分の1に分けることにした。


「ルゥ。前に倒したドラゴンの素材の、3分の1を出してもらえるかな?」

「……?」


 アルトの説明が判らなかったのだろう。ルゥは器用に体を捻って「?」という文字になった。


「ああ、ルゥに3分の1はわからないか。これくらいだよ」


 そういって、アルトは部屋から持ち出してきた竹紙に黒炭で図を描く。


 ■□□

 ↑


 りょうかい!

 みょーんとひと伸びし、ルゥは口から次々と素材を吐き出していく。


「こ、こんなにあるのかよ!」

「ええ。小さいサイズでしたけど、ドラゴンですからね」

「おい、どこをどう使ってもいいのか!?」

「もちろん。お好きなように。あ、できれば牙は短剣にしてほしいです。僕の得意な武器は短剣なので」

「おおよ、任せとけ!」


 3分の1程を吐き出し終えると、リビングがドラゴンの骨やら牙やら爪やら鱗やらで埋まってしまった。


「……あんたたち。これ、どうするのよ?」


 リベットの冷ややかな視線が突き刺さる。

 なにかを壊したり、汚したりしていないので、彼女の怒りは控えめだ。


「まったく。ゴミはちゃんと片付けるんだよ?」

「ゴミじゃねぇよ!!」

「ゴミじゃありません!」


 アルトとダグラに同時に突っ込まれて、リベットが目を丸くした。

 いくらドワーフとはいえ、リベットには漢の宝ものの価値までは共有出来ないようだ。

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