第145話 怒らない理由
酋長の建物に赴き、アルトは金緑石を取り出してネフィリルへの面会を取り付ける。
入り口の待合室に通されて10分、20分……。
1時間と待たされてようやくネフィリルに面会が叶った。
だが、
「まだいたのか」
どうやら一時間も待たされたのは、嫌がらせだったようだ。
「ワイバーンを殲滅して来ました。ただ、若干の打ち漏らしがありました。逃亡したワイバーンが洞窟に戻ってくる可能性がありますので、しばらくの間は洞窟には近づかない方が良いと思います。なにかあればまた僕が討伐いたしますので――」
「帰れ。人間と会話するほど我らは暇じゃない」
「テメェッ、なんだよその態度は!?」
ネフィリルの塩対応に、喧嘩っ早いリオンが切れた。
「わざわざワイバーンを討伐して、大事な洞窟に入れるようにしてやったっていうのに、その報告すら聞かないなんて、アンタどうかしてるぞ?」
「我らが人間に対して、ワイバーンを討伐してくれと頼んだ覚えなどない」
「……だとしてもだ、手助けしてくれた奴に対する対応じゃないだろ。それとも、森の賢人と呼ばれた誇り高い一族は、礼の一つも出来ないってのか? がっかりだ」
さらに燃え上がるかに思えたリオンの怒りが、急激に温度を下げた。
「両親から、神代戦争の話は聞いてる。ドワーフが作る武器で戦うエルフが、如何に勇敢だったか。真っ先に蹂躙されたヴァンパイアを、命を賭けて救ってくれたことも」
「お前はやはりヴァンパイアの……。まだ生き残っていたのか」
「ああ、なんとかな。ドワーフは不屈の精神を持ち、エルフは深淵なる知識を持ってたってな。なのに、これはどういうことだよ。深遠なる知識を持つ種族が、この程度の器しかないってのか? ほんとうに、がっかりだ」
「……」
「オレがいま生きていられるのは、ヴァンパイアを助けてくれたエルフのおかげだ。だからずっと会って話したい、感謝を伝えたいって思ってた。だが、そんな気は失せたぜ。師匠、帰ろうぜ。こんな奴らに貴重な時間を使う必要はない」
リオンは四六時中、喜怒哀楽のいずれかを顔に出している。眠っているときだって、よだれを垂らしながら「キャベツ、ドゥフフ」と口にするくらいなのだ。
その彼が、いまは完全に表情を消していた。
リオンの雰囲気に気圧されて、アルトは言われがまま待合室を出て行く。
後ろでは、ネフィリルが苦虫を噛み砕いたような顔をしていた。
きっと彼は気づいている。
リオンがどのような凄惨な目に遭ってきたかを。
その上で、彼がなにを選んだのかも。
だからこそ、ネフィリルは言い返せないのだ。
前を行くリオンが、不意に歩みを止めた。
後ろを振り向くことなく、口を開いた。
「もう誰もいなくなっちまったけどよ、一族代表して言うぜ」
ほんの少しだけ首を横に回し、
「神代戦争のときに助けてくれて、ありがとよ」
歩みを止めてしまった彼らと、今もなお歩み続けているリオン。
似た様な境遇で、けれどまったく違う答えを出した2人は、互いに視線を合わせることなく別れたのだった。
ネフィリルへの怒りがぶり返してきたのか、ルミネを出てからリオンはずんずんと足を踏みならす。
「いったい、ルミネでなにがありましたの?」
「リオンさんにはちょっと、エルフのおもてなしが刺激的すぎたみたいです」
リオンの怒りぷりにやや怯えるシトリーに、ルミネでの出来事を説明する。
一年間旅を続けてきたのであれば、どこかでリオンがヴァンパイアだと打ち明けているかもしれない。
だがアルトはその一年を知らない。念のためにヴァンパイアの話はつまんでおいた。
「それは、確かにリオンさんが怒るのも仕方ありませんわね」
「ええ」
「……ところで」
僅かに前に出たシトリーが、難しい表情をしてアルトに振り返る。
「何故アルトは落ち着いていられるんですの?」
「えっ、落ち着いてるように見えます?」
「ええ。だってちっとも怒っていないじゃないですの。聞けば、今回のワイバーン討伐の責任者はアルトではありませんか。自らが手柄を挙げたのに、まったく評価されず無碍にされるなど、ルミネ前で足止めされただけで怒りがこみ上げたわたくしであれば、きっと黙ってなどいられませんわ」
「んー」
きっと、格も階位も初めから高かったシトリーにはわからないのだ。
どんなに手柄を立てても、無視され続ける人間の気持ちが……。
アルトは、それが当たり前だった。
フィンリスの迷宮で最高踏破記録を更新しても、レベルが99になっても、子どもの頃から上級魔術を使えても、なに一つ評価されず、逆に見下され、ぞんざいに扱われ続けた。
街を襲った魔物をアルトがあらかた討伐しても、そこにたまたまいた騎士が表彰される。
野盗に襲われた行商を助けても、自然現象が起こって野盗が倒れたのだと言い張られた。
誰をどうやって助けても、それは神の御業。アルトなど無関係。
そうした人生を歩んできたアルトにとって、ネフィリルの態度で立つ腹などない。むしろ、1時間経ってからこっそりアルトの様子を見に来ただけでも、まだマシな対応だと思ってしまった。
「怒りなんて感じませんよ。そういうものですから」
「そんなのおかしいですわ!!」
シトリーの嚇怒にアルトは思わず息を呑んだ。
「おかしい?」
「ええ。正しいことをやったのなら、必ず評価されるべきですわ!」
「正しいからって、評価されるわけじゃないんですよ」
「でも――」
「人間は、神様じゃありません。すべての人間がいつも、正しく他人に接することは不可能なんですよ」
「それでもっ、正しさを追及することは、悪ではありませんわ!」
「……そうですね」
アルトの答えに、しかしシトリーは納得していないようだ。
けれど幸いなことに、それ以上彼女の炎が燃え広がることはなかった。
今回アルトが怒らないのはきっと、側にいる人が自分の代わりに怒ってくれたから。
評価してくれる人がたった1人でも近くにいれば、その人生は途端に色づくのだ。
前世でハンナとともにいた、その時間が永遠に色あせないように……。
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