第144話 成長速度の違い

「…………どういうことですか?」

「≪理不尽な死への飽くなき叛逆(マイト・リベルタ)≫。彼の宝具はダメージを受ければ受けるほど、身体能力が強化されますの」

「常時発動型(パツシブ)宝具、ですか」

「ええ。彼が最初に相手から攻撃を受けるのは、その宝具を発動させるためですのよ」


 ……なるほど。

 彼が最初に一撃受けたがっていたのは、決して頭がおかしいからではなく、宝具にそういう性質があるからだったようだ。


 相手を挑発し、攻撃を食らうことで身体能力を底上げする。

 そうすることで、相手を簡単に打ち破ることができる。

 おまけに相手が逃げようとしても、能力が底上げされているので、すぐに追いつけると。


 きっとどれほど強力な攻撃を放っても、即死させない限りは、ダメージが能力上昇に打ち負け減衰してしまうのだ。


「なんて暑苦しい宝具なんだ!」

「くっくっく。この俺を1撃で葬れなかったことを、あの世で後悔するんだな。セーイ」

「っく……」


 再び魔術を放とうと、体内でマナを活性化させる。

 しかし、アルトの魔術の完成より早く、オリアスが一歩前に踏み出した。


 瞬間、


「「「あっ――」」」

「セイ?」


 オリアスが、落とし穴に落ちた。


「「「…………」」」


 ――馬鹿だこいつ。


「……さて、帰りましょうか」

「そうだな。さっさと暑苦しいところから離れようぜ」

  「セーイ!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」

「なんですか?」

  「セイセイセーイ!!」

「いいんですの? あの……放っておいて」


 シトリーが不安そうに、セイセイ聞こえてくる地面を眺めている。

 現在は緊張関係にあるとはいえ、元は仲間だ。〈グレイブ〉に落ちていった彼を気遣っているのだろう。


「大丈夫ですよ。死にそうになればなるほど、死ににくくなる宝具なんですよね?」

「え、ええ。おそらくは……」

「なら、1ヶ月くらい放置しておきましょう」


〈グレイブ〉はその深さによって、敵に与えるダメージが変化する。

 深ければ深いほどダメージが大きく、浅ければ浅いほどダメージは少ない。


 アルトはオリアスに特段恨みはない。彼を殺さなければいけない状況でもない。

 なので設置した〈グレイブ〉は、浅めの捕縛タイプにした。


 捕縛型〈グレイブ〉に落ちたオリアスはというと、大きな動きが見られない。

 どうも魔術ダメージが大きくて、〈グレイブ〉から抜け出せるほどの力がないようだ。


〝体聖〟である彼が本気で戦いを挑んだ時の実力は、少し気になる。

 だが、出来ればもう二度と前に現れないで欲しい。


(きっと無理だろうけれど)


 はぁ……。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 エルフの街であるルミネに行くということで、リオンはかなり高揚していた。

 なんせエルフは神代、森の賢者と呼ばれていた存在だ。そしてリオンにとっては、ドワーフと同じくらい特別な存在である。


 神代戦争の折、逃げ惑うヴァンパイア達を救ってくれた種族こそ、エルフだった。


(助けてくれた礼はしなきゃな)


 ルミネに入ろうとすると、2人の門番がシトリーを止めた。

『止まれ』とも『入るな』とも言わず、目の前に槍を立てて威嚇している。


「なにか、わたくしに問題が?」


 シトリーが訊ねるも、2人いる門番は口を開かず、ましてやアルトやリオンにも訳を語ろうとはしない。

 門番はかなり殺気立っていた。

 もしシトリーが一歩でも前に進めば、問答無用で攻撃してくるだろう。


「シトリー。アンタ一体なにをしたんだよ」

「神明に誓って、なにもしてませんわ!」

「そんなこと言って、どうせエルフの食糧をつまみ食いしたんだろ? ほら謝れよ」

「わたくしはリオンさんとは違います! そんなこといたしませんわ」

「まあまあ」


 苦笑したアルトが2人のあいだに割って入った。


「申し訳ありませんが、シトリーさんはここで待っててください。少ししたら戻って来ますので」

「…………わかりましたわ」


 シトリーが首を横に振って、十歩ほどルミネから遠ざかった。


「……で、師匠。これはどういうことなんだ?」

「まあ、こういう街なんですよ」


 言葉足らずなアルトの説明に首を傾げる。

『こういう街』って、意味がわからない。

 けれど少し歩くと、アルトが言いたいことが何となくだが判ってきた。


 先ほどシトリーに槍を向けた門番もそうだったし、街を歩くエルフ達もそうだ。

 アルトを見た途端に建物に隠れたり、足を止めて睨み付けたり、顔を青くしたり。誰もが平静を失っている。


 アルトに対して直接攻撃に出るものはいない。ただ外側から、犯罪者でも見るような目つきでアルトを眺めている。


「エルフは、どうしてこんなに師匠やシトリーに警戒してんだ?」

「モブ男さんと同じですよ。人間から酷い目に遭わされて逃げてきたから、人間に怯えているんです。同時に、人間を嫌っている」

「どこが同じなんだよ? 全然違うだろ」

「――っ。……そう、ですね」


 リオンの言葉を受けて、アルトがはっと息を呑んだ。こちらが1つ口にすると、彼は10を知る。

『阿』と言えば『吽』と響くように、リオンの少ない言葉でも、彼は意味をきっちりくみ取ってくれる。

 その逆が出来ないのが、口惜しい。


 隣を歩くアルトは、すっかり身長がリオンに追いついてしまっている。


(あんなにかわいらしい子どもだった……あ、いや、可愛くはなかったな。当初から憎らしい奴だった)


 ……とにかく、小かったアルトが、すっかり見違えてしまった。


 追いつかれた身長を意識した途端、リオンの胸が少しだけ苦しくなる。


(人間って、こんなにも成長が早ぇんだな……)

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