第143話 最強の男(オリンピア)、オリアス

「さすがに手も足も出せずに捕まるのは男の誇りが許さないだろう?」

「あ、いえ――」

「セーイ! みなまで言うな。判っている。男には、たとえ負ける勝負だとしても、決して譲れない誇りというものがあることを!」

「あのぅ――」

「さあ! 全力で攻撃を放ちたまえ!!」

「話を聞いて――」

「セイセイセイ!」


 もうやだこの人。

 誰か止めて……。

 頭を抱えてうずくまりたい気持ちを、アルトはぐっと堪えて足に力を入れる。


(でも、これはチャンスだ)


 一発食らってやると言っているのだから、躊躇う必要はない。

 全力で戦闘不能にして、さっさと奴の筋肉を視界から排除するのだ。


 ぐいぐいと上腕二頭筋の調子を確かめているオリアスに向け、アルトはマナを放出する。


 1つ、2つ……。

〈工作〉を全力で重ね掛けする。


 さすがに諸肌を出して攻撃をしろという人物が、アルトの攻撃1発で気絶するはずがない。

 そんな馬鹿がユーフォニア12将に選ばれるわけがない。


(…………はずだ)


 たぶん。

 自信はない。


「嗚呼、記憶の中のガミジンが泣いている……」


 わざわざ鎧を脱いだのは、アルトを油断させるためだろう。

 ……そういう事にして作戦を組み立てる。


 一撃を全力で打つと隙が生まれる。

 その隙に乗じてカウンターを放つ。

 それが相手の作戦か?


 鎧を脱いだのは敏捷性を高めるためで、己の回避能力を十分に発揮するためか。

 であれば、こちらはその狙いを全力で打ち砕く。


 アルトが起てた作戦はこうだ。

 中火力程度で、見栄えの良い魔術を放つ。

 その魔術を避けようとしたところを、〈工作〉で捕縛する。


 アルトは既にオリアスの周りに捕縛用の〈グレイブ〉を設置した。一歩でも動けば彼は即捕縛されるだろう。

 レベルも十分に上がったので、彼相手に〈グレイブ〉が通用しないなんてことはないはずだ。


 念のために、空中に〈ハック〉を設置した。

 飛び上がっても、彼は落とし穴からは逃れられない。


「……行きますよ」


 準備は整った。

 アルトは右手を前にかざし――


「――〈極小の焦熱(マイクロフレア)〉!」


 小さな炎を生み出した。


 ライターかマッチ程度の火が、ゆったりとした速度でオリアスに向かう。


「セイセイセーイ。ガミジンを倒したというから多少骨のある奴かと思っていたが、なんだそれは? 貧弱ではないか!! このオリアスを舐めているのかッ!!」


 顔と筋肉を赤く染めたオリアスが、アルトの魔術を迎撃しようと拳を突出した。

 次の瞬間。


 ゴゥ!という熱波とともに、小さな炎が一瞬にして空めがけて燃え上がった。


「ぐああああああああ!!」


 その中で、吹き上がる炎をもろに食らったオリアスが悲鳴を上げた。

 演技……ではなさそうだ。

 彼の叫び声は、演技しているようには感じられない。


「……あ、あれ?」


 普通に魔術が当たってしまった。


「てっきり、避けるものかと思ってたんですけど」

「な、なあ師匠。アイツ、何がしたいんだ?」

「さあ……。体聖というくらいだから、特殊な耐性がある、とかですかね?」

「声がリアルに痛そうだけど?」

「たしかに……」


 吹き上がった炎がやっと収まると、オリアスが地面に膝をついた。

 その皮膚は焼けただれて、見ているだけで痛々しい。


「……ッセーイ。まさか、あんな見た目のフレアがあるとは思わなかった」

「それは、ご愁傷様です」


 近接攻撃と違い、魔術は発動するまでに時間がかかる。

 そのため対人戦では、こちらの魔術がギリギリまで判別出来ないよう、別の魔術に擬態させるテクニックが使われる。


 無論、相手がガミジンのような一流魔術士には、小手先の技は通じないが。


 対人戦のテクニックはいくつか前世で鍛え上げたが、まさかそれが目障りな筋肉を焦がすのに役立つとは、思いもしなかった。


「罪人アルト……一体、貴様は何者なんだ?」

「ふっふっふ。師匠はな、ユーフォニアを脅かしたドラゴンさえも倒した男なんだぜ? アンタ如きが叶う相手じゃないんだよ!」


 リオンが腰に手を当てながら、顎を上げる。

 まるで自分の手柄のような態度である。


「ど、ドラゴンだと!? セーイ……。そんな男に、俺は決闘を挑んだというのか……」

「いや、決闘なんて挑まれてませんけど」

「しかし、しかしここは引けない。相手がどれほど強大でも、俺にはユーフォニア12将として国を守る使命があるんだセーイ!!」


 ぐわっと目を見開いて一気に立ち上がり力こぶを盛り上げた。

 けれどかなり辛そうだ。

 息は上がりっぱなしだし、顔色も悪い。筋肉のカットがよく見えていた皮膚も、かなり黒ずんでしまっている。


 だが、アルトは彼の命を奪うつもりで魔術を放ってはいない。

 あくまで、避けられる前提で攻撃を仕掛けている。いくら諸肌が直火焼きされたからといって、重傷になるほど12将もやわじゃないだろう。


(それにしても、どうしてオリアスさんはわざわざ魔術を食らったんだろう?)


「シトリーさん、つかぬ事をお聞きしますが」

「なんですの?」

「あれは、病気ですか?」

「……そう思いますわよね。はぁ」


 彼女自身も、病気だと思っているのだろう。

 シトリーのため息は、かなり弱々しい。


「アルト。オリアスを退けたいのでしたら、1撃で仕留めるべきでしたわね。それが出来なかった貴方にはもう、勝ち目はありませんわよ」

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