第142話 凄いのが来た
洞窟の外に出ると、頭上から降り注ぐ太陽の光に、目が眩んだ。
季節は春。洞窟内の低い温度になれた肌では、やや汗が滲んでくる程度には暖かい。
それでも山脈から吹き下ろす風は冷たく、日が沈むと冬のユーフォニア程は気温が下がる。
日が沈まないうちに帰ろうとルミネの方角を向いたとき、遠くの方できらきらと光が反射しているのが見えた。
水か、はたまた石か。
その光の正体を目で捉えるより早く、アルトは〈気配察知〉でその正体を捉えた。
「……人?」
気配はみるみる大きくなり、いつしか〈危機察知〉が警鐘を鳴らし始めた。
それは、白い鎧を着た男性の騎士だった。
茶色の短髪に、精悍な顔立ち。体つきはかなりごつい。帯剣しているが、彼の体と比べると子どものおもちゃのように見える。
鎧の肩部にはとある国の紋章が刻まれていた。
「ユーフォニアの騎士だ」
追っ手か?
アルトはそっとシトリーを伺う。
まさか彼女が連れてきたのでは?
そんなアルトの予想は、しかし彼女の驚きの表情と共に否定された。
「まさか……なんでここに……」
「……お知り合いですか?」
「え、ええ。あの方は、ユーフォニア12将ですわ」
「それは、まずいな」
アルトは唇をきつく噛みしめた。
悪魔と戦闘したばかりで体調が最悪だ。肩の痛みは抜けたけれど、まだ脇腹は痛いままだ。
おまけに、アルトは相手を知らない。
以前、世界最強と謳われるガミジンに勝利したが、それはあくまでガミジン対策を入念に行ったからだ。
アルトがあえて〈短剣〉という、子どもが扱う武器をメインに育てていたのも、その対策の一つだった。
おまけにあのときは、何があっても対処できるよう、ユーフォニア中に罠を仕掛けていた。
その保険が、いまはない。
相手のレベルも、得意な戦闘方法もわからない。
そんな状況で戦闘に入るのは、かなり分が悪い。
(……逃げるか?)
考えているあいだに、あと30メートルというところまで男が迫ってきていた。
「俺はオリアス・マイツタフ。ユーフォニア12将の1人、タイセイだ」
「……耐性?」
「師匠、態勢だよ」
「ええと、体制?」
「いや待てよ、体勢かもしれねぇな」
「セイセイセイ!」
いや、まてまて。
なんだ最後!?
「セーイ。体術を用いる聖騎士で〝体聖〟だ!!」
(あ、自分で説明した)
(ってか、こいつか! セイセイセイ言った奴は)
頂点まで高まった緊張感が崩れ落ちる音が聞こえた。
「お前は指名手配中の罪人アルトか?」
「さあ、どうでしょう? 僕はアルトという名前ですけど、アルトなんて名前の人はこの世界に何人も――」
「では罪人アルトよ、教皇庁指名手配犯として、お前を捕縛する」
聞いちゃいない。
というか、話を聞くつもりがなさそうだ。
オリアスが高らかに宣言すると、おもむろにその身に纏った鎧に手をかけた。
鎧を脱ぎ捨て、その下に着ていた上衣も脱いでしまう。
「……ええと」
「んんん! どうだ? 俺の引き締まった筋肉は! 命を刈り取る盛り上がり方をしているだろう?」
「ええと……」
「この筋肉はッ」
バック・ダブル・バイセプス。
「日々磨きに磨いたッ」
ラット・スプレット。
「努力の結晶ッ」
アブドミナル・アンド・サイ。
「本来ならば我が国を守る為の力だがッ」
サイド・トライセプス。
「国王より罪人アルトのッ」
サイドチェスト。
「フンハッ!!」
フロント・ダブル・バイセプス。
「捕縛・断罪命令が下されたのだッ!!」
モスト・マスキュラーッ!!
(駄目だ、この人がなに喋ってるか、全然頭に入ってこない!!)
「うわぁ。うぜぇ……」
「…………はあ」
リオンが珍しくどん引きしている。
シトリーは彼がこんな人物だと知っていたのだろう。額を抑えて長く深いため息を吐いた。
「師匠、なんて奴を呼び寄せたんだよ……」
「僕のせいですか!?」
「変態は友を呼ぶって言うだろ?」
リオンのその言葉、完全にブーメランだけどいいのだろうか?
「なあ師匠、こいつ無視して帰ろうぜ?」
「帰りたいのはやまやまなんですけど――って、このパターンどこかで……」
「シトリー戦だな」
「ああ、たしかに。だとしたら――」
「逃げられないな」
「ですよねぇ……」
逃亡不可能の戦闘。
アルトとリオンが話をしている間も、オリアスは自らの筋肉と会話するかのように、ポージングを行っていた。
「なんだか具合悪くなってきた。師匠、あれ、ぶっとばしていい?」
リオンが心底嫌そうな顔をした。
突如オリアスが「セイッセイッ!」と気合いの声を上げながら、二頭筋のパンプアップを始めた。
「……たしかに、ぶっ飛ばしたい」
というか、これ以上関わり合いたくない。
「セーイ? おや、そこにいるのはシトリーじゃないか。久しぶりだな。フンッ! 帝国の地は気に入ったか? ハッ!!」
「…………」
顔を合わせるなり、厭味攻撃か。
「帝国の脂身の少ない肉は、口に合うか?」
(んっ? これは厭味……なのか?)
彼の口から『脂身の少ない肉』という言葉が飛び出すと、どうしても『良質のタンパク源』と言ってるようにしか聞こえない。
「……まあいいさ。俺が罪人アルトを捕らえるのを、黙って見ていろ。頼むから、邪魔はしないでくれよ? 俺は本国に、悪い報告はしたくないんだ。セーイッ!!」
最後のかけ声で緊迫感が台無しだった。
筋肉には戸惑ってしまうが、放たれる気迫は本物である。
(強い……んだけど、ダメだ。まったく集中できない)
「セイセイ! 罪人アルト! たった1度だけ、貴様に俺を無条件で攻撃する機会を与えよう」
「……はい?」
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この筋肉、ちょっと言ってる意味がわからないです……
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