第141話 洞窟の奥へ

「魔物1000匹討伐。ユーフォニア12将のアンタなら出来るんだろ?」

「出来るはずありませんわ。ガミジンあたりはわかりませんけれど、わたくしは1000匹なんて狩れません。むしろ、12将が1日1000匹狩れるのだとするなら、そう遠くない未来、迷宮以外で魔物の姿を見なくなりますわよ」


 1日1000匹狩るとなると、365日で36万5千匹。12将全員でかかれば、年間400万匹は狩れる計算になる。

 たった12人でそこまで大量に魔物を狩れるのならば、あっという間に地上に蔓延る魔物を全滅させられるに違いない。


「1日1000匹なんて。たしかにそれほど魔物を狩ればレベルを簡単に上げることができるかもしれませんけど。そんなこと出来る人間がいるはずありませんわ」

「やっぱそうだよなぁ。オレもそう思ってるぜ! けど、師匠はやってんだよなぁ」

「…………」


 たしかに、その通りだ。

 あのワイバーンの恐るべき群れを、アルトは一瞬のうちに討伐してみせた。

 あれが初めての経験にしては、現場視察から準備が整うまでに3日間しかかからないのは、あまりに手際が良すぎる。


 つまりあの狩り方は、彼にとって普通のやり方なのだ。


「師匠がどれだけ変態か、よくわかっただろ?」

「…………わかりましたわ」


 否定したいが、現実を目の当たりにしているため、否定できない。


「その師匠と一緒に冒険してんだ。このくらいのレベルアップにいちいち驚いてたら、そのうち禿げるぜ」


 帝国に来るまでに1年間。シトリーは散々リオンからアルトの変態ぷりを聞かされ続けていた。

 けれどそれはただの大言。事実の水増しだろうと思っていた。


 事実、そういう輩は大勢いる。

 自分の功績を必要以上に大きく見せることで、他人から敬われようとする。あるいは師を大きく見せることで、素晴らしい師に育てられた自分が如何に素晴らしいかを喧伝するのだ。


『アイツは変態だから』


 そう言われてもシトリーが想像した変態は、人前ですぐに脱ぎたがる男で、もっと別の種類の生き物だ。


 だが実際目にしてみて、どうか?

 彼は何一つ間違ったことを言っていない。

 大言などなく、口にしたのは事実のみ。


 大量のワイバーンを目にし、それらを一掃してみせても。

 彼は一切誇ることがなかった。

 目の前に悪魔が現れても、攻撃を受けても、怪我をしても。

 彼は顔色一つ変わることはなかった。


 恐るべき集中力と、実力。魔物を討伐しても良い気にならない謙虚さ。

 そして驚くべき所業を達成しているにもかかわらず、自分はまだまだだと言うような悲観した態度。

 見え隠れする強い向上心、探求心。


 まさに、リオンが言っていた通り。

 彼は変態(ばけもの)だ。


 話題の張本人は、依然として眠っている。

 表情がやや苦しげなのは、おそらく怪我のせいだろう。


 恐るべき悪魔の攻撃の余波を、彼は防御力の低い皮の鎧で受けた。

 目に見える部分では、右の肩が外れていた。肋骨も数本やられているかもしれない。


 シトリーよりも長く眠っているのは、レベルアップ酔いだけではなく、体が傷を回復させようとしているからだ。


 リオンと侃々諤々の雑談をしていると、スライムがぬるぬるとした動きで鞄から這い出てきた。

 魔物の出現に、シトリーはぎょっとするもすぐに落ち着く。


 スライムのルゥがアルトの体によじ登り、体から飛び出した細い触手を伸ばして頬をぺしぺしと叩く。

 まるで子どもが父親を起こすような光景を、シトリーは複雑な表情で眺めるのだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 ルゥに頬をぺしぺしと叩かれて、アルトは目を覚ました。

 それと同時に、脇腹と肩の痛みが体を突き抜ける。


 痛みを堪え、アルトは鞄から低級回復薬と水を取り出し、一気に呷る。

 胃の中で回復薬がやんわりとした熱を帯びる。

 それが外側に広がるのを感じながら、アルトはステータスを表示する。



【名前】アルト 【Lv】40→45 【存在力】☆☆

【職業】工作員 【天賦】創造  【Pt】3

【筋力】640→720   【体力】448→504

【敏捷】320→360   【魔力】2560→2880

【精神力】2240→2520【知力】1149→1292



 たった1匹倒しただけで、レベルが5つも上がるとは、中級悪魔恐るべし。


「そろそろ進みましょうか」


 水袋と一緒にルゥを鞄にしまうと、シトリーが青い顔をして立ち上がった。


「わ、わたくし達は大丈夫ですが、アルトはまだ怪我をしているではありませんか!」

「そうですね。……それで?」

「え?」

「回復薬は飲みましたから大丈夫です。先を急ぎましょう」

「いえいえ。少々お待ちを! 回復薬は体の傷をすぐに治癒するものではありません。徐々に回復させるのですから、傷が癒えるまでは休憩すべきではありませんか?」

「…………えっ?」

「えっ?」

「休憩なんて、時間がもったいないじゃないですか」

「はっ?」

「シトリー。変態には何言っても無駄だぞー」


 信じられないというように、シトリーが口をぽかんと開けている。


「時間は有限。少しも無駄にしないよう、先を急ぎましょう」

「は、はあ……」


 シトリーはまだ納得していないのか、アルトの頭上をちらちらと眺めながら、それでもリオンに促されて歩き出す。

 その視線に疑問はあるが、追及しても時間の無駄である。

 彼女たちに続き、アルトも歩き出した。


 洞窟にいたのは悪魔だけで、他に悪魔も魔物もいなかった。

 一番奥に到達すると、壁面すべてが緑色に輝いていた。

 これが、金緑石だ。


 ワイバーンの討伐は終わったが、エルフが言葉だけで洞窟奪還を信用するとは限らない。

 一応証拠として金緑石を1つ採掘しておく。

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