第140話 喧嘩は、同じレベルの者同士でしか発生しない!!

『……生きてて良かったです』

『もう二度と、死のうなんて思わないでくださいね』


 アルトのその言葉が、シトリーの心を大きく揺さぶった。


 王都を出たシトリーは、死に場所を探していた。

 自分が一番納得出来る状況で、死ぬつもりだった。


 アルトに再会した時、『この者になら殺されても良いかもしれない』と思った。


 シトリーは過去に、アルトから大切なものを奪ってしまった。

 殺されても良いと思ったのは、その贖罪の意味もあった。


 彼はきっと、自分を殺してくれるだろう。

 そう、考えていた。


 だが、実際はどうだ?

 目を合わせてもアルトはシトリーを殺すでもなく、ましてや殺意を向けようともしない。

 まるであの出来事が無かったかのように振る舞っている。


「一体どうして……」


 曖昧模糊とした意識の中で、泣き叫ぶようにシトリーはうずくまる。


「どうしてあの方は、わたくしを殺さなかったのでしょうか?」


 あまつさえ、


『……生きてて良かったです』


(そんな言葉を口にできるのですの? どうして怨まないんですの? どうして殺そうと思わないんですの? 死ねば良いと、思わないんですの!?)


(みんな。みんなそういう目でわたくしのことを見てきたのに。どうして貴方は、貴方がたは、敵であるわたくしを、そんな優しい目で見られるのですの……)


(これではわたくしは――)

(死に場所すらも失ってしまったではありませんか……!!)





 シトリーが意識を覚醒させると、ステータスを眺めながらニマニマするリオンの顔が真っ先に目に入った。


「わたくしは……」


 たしか泣いていた気がする。目も腫れぼったい。

 泣きすぎて気を失ったか。


「起きたか?」

「え、ええ」

「どうだまな板、レベルは上がった?」

「誰がまな板で――レベル?」

「ああ。確認する魔導具、持ってんだろ?」

「ええ。ありますわね」

「じゃあ、それで見てみろよ」


 あまりに自信満々に言うものだから、そうなのかも?と一瞬思いかけるが、いやいや。自分はなにもしていない。

 魔物を倒したわけでもないのに、レベルが上がるはずがない。


 そう思いながらも、シトリーはバックパックの口を開けた。


 本来自分のレベルは、教会で鑑定してもらわなければわからない。だが、シトリーは自分のレベルが確認できる魔導具を持っていた。


 それが、いま手元にあるカード型の魔導具だ。

 ここにマナを注ぎ込むと、レベルが浮かび上がる。

(たったそれだけの魔道具なのだが、値段は目が飛び出るほど高い)


【Lv】31→38


「――な!?」


 シトリーは驚きの声を上げた。


(そんなことがッ!)


 レベルが7も上がっているではないか!


 シトリーはいままで、暇があればレベル上げのために魔物を討伐してきた。

 しかし25を超えた辺りから、レベルが上がる速度が鈍りはじめた。

 31になる頃には、一年に一度というペースにまで落ちてしまった。


 それが、たった一度の戦闘で7つも上昇したのだ。

 あまりに異常な上がり方である。


「いったい……どうしてこのような……」

「格上と戦ったんだ。ビックリするくらい上がってたろ?」

「え、ええ。でも、こんな上がり方は初めてですわ……。わたくしも以前は格上の魔物を相手にしていましたが、それでもレベルを1つあげるのに1年はかかりましたのよ?」


 格上と戦っても、年に一度しかレベルが上がらなかった。

 単純計算で、一度に7年分もレベルが上がった計算になるのだ。

 あまりの出来事に、夢ではないかとさえ思う。


「じゃあ狩り方が足りなかったんだよ。せめて1日1000匹は魔物を倒さないと」

「せ――!?」


 あまりに馬鹿馬鹿しい数字に、シトリーは絶句した。


 シトリーが魔物を倒した数の最高記録は132匹。この記録は一重にシトリーの宝具の力と、さらに家の財力を注ぎ込んで手に入れたアイテムと、回復薬のおかげである。


 132匹狩る途中で、何度死にそうになったことか。

 その更に7倍以上も1日で狩るなど、正気の沙汰ではない。


 レベリングは、命あっての物種である。

 戦時でもない今は、命を擲ってでも討伐しなければいけない理由はなく、またそのような狩りをしてはいくつ命があっても足りない。


 死ねばそこまで。

 すべてがおしまいだ。


「なにを驚いてんだよ。1000匹くらい元ユーフォニア12将のまな板なら余裕だろ? ほらネギを刻むように魔物を倒してみろよ」

「なに訳の変わらないことを口にしているんですの? まったく、脳みそが筋肉だと、ユーモアも貧困になるんですのね。ああ、可哀想ですわ」

「あーあ、胸が育たないと、プライドばっかり無駄に育つんだな。かわいそ」

「なんですって!? この偽勇者ぁぁぁ!!」

「誰が偽だ! オレは本物の勇者だ!!」


 ええいその顔を醜くしてさしあげますわ。

 なんの、アンタは嫁にも婿にも行けない顔にしてやるよ。

 きぃぃぃ!

 きぇぇぃ!


 互いに拳を振り上げ、顔を引っ張り引っ掻き合う。

 拳を収めたのは5分後。


「っふん、今日は、これくらいに、してあげま、すわ……」

「顔の形が、変わらなかった、ことを、神に感謝、しろよ……」


 シトリーを睨み付けながらもぜぇぜぇと肩で息をしていたリオンが、突如表情を変えた。


「んで、出来るのか?」

「なんのことですの? 藪から棒に」

「魔物1000匹討伐。ユーフォニア12将のアンタなら出来るんだろ?」

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