第225話 苛烈な戦闘の後
「すぐに追い抜きますから。覚悟しててください」
「……ふふ」
アルトの言葉に、シズカは体中から殺気を放出して鼻を鳴らした。
「やれるもんならやってみぃ!」
肝が凍り付くほどの殺気に、アルトの体がわなわなと震え出す。
「ウチはひと月に1度ここに来る。そんとき、魔物がぎょうさんおったり、力が全然ついてへんかったら、覚悟しいや? その平凡な顔の形が無くなるまでボコボコにしたるさかい」
「ええ、楽しみにしてますよ。シズカさんが泣きわめく姿が見える未来を」
「アホか。んな未来が来るわけあらへんやろ。もしそんな未来が来たら、なんでも言うこと聞いてやっても良いで」
よし!
アルトは己の挑発の成功に内心でガッツポーズをした。
これで言質は取った。
あとは勝つだけだ!!
「ほな、ウチはこれで。……せや、外での出来事はウチがしっかり取り繕っておくさかい。安心しなはれ」
「ありがとうございます」
最後にぴしゃり鉄扇を閉じると、彼女はしゃなりしゃなり歩いて……。
「あで!」
何も無いところで蹴躓いた。
こちらを見て、赤い顔で睨み付ける。
まるでアルトが蹴躓かせた張本人であるかのように。
「チャウわ! ウチは足腰弱ってへん! ピンピンしとるもん!!」
言えば言うほど、真逆の意味に思えてならない。
まったく足腰が弱る歳には見えないが、彼女自身そうは思ってないのかもしれない。
好奇心は命を砕く。
彼女が何歳かは気になるが、聞かない方が良いだろう……。
「ちゃうもん、ちゃうもん」と幼児退化したシズカが、目に涙を溜めつつボス部屋から退出した。
案外、彼女を泣かせるのは簡単かもしれない……。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
迷宮の入り口を目指し、襲いかかる敵を鉄扇で払い飛ばしながらシズカは、先の戦いに思いを馳せる。
戦線復帰してからのマギカとリオンの動きは、多少良くはなった。
おそらくマギカは1年ほどでシズカの合格点が見えて来るだろう。
リオンは戦闘技術が低いので、合格までは数十年は必要だ。それでも、盾としてならば2年で十分合格できるかもしれない。〈勇者〉としての力が開花すれば、その限りではないが……。
問題は、アルトだ。
あれはやはり大したことはない。
劣等種で、ただの子ども。
恐るべき力も、恐るべき発想もない。
戦術家でなければ魔術師としても暗殺者としても未熟。
だからこそシズカは思う。
途中から意識が欠落しても、変わらなかった動き。
奇妙なスキルを用いて回避する力。
彼がマギカとリオンの心の支えになっているだろう。おそらく彼ならばなんとかするのではないか? という信頼感。
その事実をこの目で見てもなお、何も感じないからこそ理性が確信する。
あれは神が最後まで隠し通したい、世に出してたくない力。
3000年を超える知識を持ち、多くの人族を見てきたシズカでさえ、惑わされてしまうほどに、強固に強力に、厳重に魔法で蓋をされているのだ。
さて、ここからどう出るか?
早めに行動を取るか、それとも見守るか。
ウチは見てもうたで?
アンタは、どないするつもりや? 邪神はん。
シズカはいつしか、くつくつと小さい笑い声を上げていた。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
体が動くようになると、アルトたちは赤小龍やリザードマンを排除しつつ迷宮内を移動する。
体は疲労を訴えていたが、レベリングする気満々の心が体を引きずり回す。
少し前までは恐ろしいと思っていた魔物が、いまではかわいらしく見える不思議。
どうも規格外と戦ったせいで、尺度がねじ切れてしまったようだ。
もちろん自分が強くなっているわけではないので、1体倒すのにもそこそこの時間がかかる。
それでも心的余裕が生まれたおかげで、大きな事故が起りそうな気配はない。
迷宮を巡りながら、アルトは頭の中で計算する。
まずはレベルを99にする。
そのあとで熟練上げに力を入れても大丈夫だろう。
なんせここはフォルテルニアで最もレベルの高い魔物が出てくる迷宮だ。レベル99でも十分熟練上げが可能なはずである。
考え事をしながらアルトは、この迷宮の至る所に〈罠〉を仕掛けていく。
「……ところでマギカ。これから狩りはどうする? キノトグリスの迷宮みたいに、個別でやる?」
「んん。いまはまだ、1人じゃ無理」
無理とは言うが、彼女ならば1人でも問題なく魔物を倒せる力はある。
だが安全マージンを確保して1体ずつ倒していくより、パーティで数体ずつ倒した方が効率が良いのだ。
1人では倒せないマップの魔物も、パーティを組めばサクサク倒せるようになる。
ヒーラーはいないが、盾が安定した2アタッカーのパーティは、ソロよりも格段に効率が良くなるのだ。
「一緒に狩りをしたら、ダメ?」
マギカの尻尾がしゅんと垂れ下がる。
まるでダメだと言われたかのような反応だ。
どうもマギカの尻尾は気弱らしい。
「そんなことないよ。無理に1人で戦って死んだら元も子もない。安全に狩れるようになるまで、一緒にやろう」
「ん」
「そんで師匠。これからどうすんだ?」
まるで下っ端の意見をそのまま採用する使えない現場監督のように、リオンは偉そうに腕を組んだ。
「そうですね。まずは魔物寄せのお香を焚きます」
「――え?」
「モブ男さん、頑張ってくださいね?」
「え? えええええ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます