第226話 邪魔者は消えたッ!

 リオンが反応するより早く、強く口笛を吹いた。

 右から左から。部屋にある通路のすべてから魔物がわらわらと湧き出てくる。

 まるで蜂の巣を突いたかのような勢いに、リオンとマギカが目を白黒させた。


「頑張るって、あれをどうすんだよ? 馬鹿なの!?」

「はいはい。モブ男さん〈挑発〉してください」

「だが断るッ!! あんなのに〈挑発〉したら死ぬだろ!!」

「え? 勇者とは思えない言葉ですね?」

「ぬ……」


 アルトの言葉で、泣きそうになっていたリオンの眉がピクリと動いた。


「勇者って、強敵に立ち向かうんですよね? んー、がっかりだなぁ。モブ男さんのことを勇者だと思ってたのに、まさか蜥蜴の魔物ごときを怖がるなん――」

「ばあああぁぁぁぁぁぁっかじゃないの!? お、オレが怖がるわけないだろ! そう、これは試してたんだよ! 師匠がオレのことをちゃんと勇者だと思ってるかどうかな!!」


 フンス! と腕を組んで鼻息を荒くしたリオンだが、膝がガクガク震えている。

 煽動して申し訳ないが、是非盾の仕事を頑張ってもらいたい。

 リオンなら出来ると信じてる。


「私は?」

「弱った魔物を1匹ずつ倒して」

「……弱った?」


 マギカが首を傾げたとき、部屋や通路のあらゆるところから、一斉に魔術が飛び出した。

 そこかしこに飛び出したのは、アルトが設置した〈マイン〉。魔物に反応するよう仕掛けたその罠には、熱・水・風・土のすべての系統が用いられている。


 本来ならば水系統のみ使えば一番効果的なのだが、それでは熟練が〈水魔術〉と〈罠操作〉、〈罠作成〉、〈魔力操作〉、〈マイン〉しか上がらない。


 1つの動作で、できる限り多くの熟練を!

 それがモットーのアルトは、水のみではなく熱と風、土の罠を設置した。

 水と比べると、他の3属性はダメージが減衰するため、1点に向けて4属性が噴射するようにしている。

 それを通路と部屋の、あらゆる場所に設置。いかなる魔物がいかなる場所を通過しても、必ず罠にかかるだろう。


「これは……なに!?」


〈マイン〉を初めて認識したのか、マギカの耳と尻尾が逆立った。


「僕の罠だよ。ちょうどエルフから刻印を教わったから、その応用でスキルを生み出したんだ」


 我ながら実に良い出来だ。

 発動した罠が1匹の取りこぼしもないところを見て、アルトは満足げに頷いた。


「うわぁ……さすが変態外道。ダンジョンに自前のキルゾーンを作るとは、やることが鬼畜だな」

「アルトの、変態度が、上がってる……!」


 誰か、褒めてくれてもいいんだよ?


「手加減、一切無し。さすが、ド変態」

「一体どんだけ罠設置したんだよ? ここまで魔物来ないんだが!?」

「1000くらい?」

「「うわぁ…………」」


 リオンとマギカの目が死んだ。


「いやいや。4属性それぞれを1点に当たるようにしてるので、実質設置したのは250くらいですよ?」

「「…………」」


 アルトの言い訳で、リオンとマギカの目がさらに死んでいく。

 なんでみんな褒めてくれないんだ!


「……………………ま、師匠のやること(はド変態)だから仕方ねぇな」


 いまずいぶん長い間があったが。

 何故そこまで納得するのに時間がかかったんだ?


「ん。ただ、魔物はほしい」

「そうだよ! これじゃオレ達に経験が入らないだろ」


 たしかにその通りだ。

 設置した当初は、ここを体力で抜けてくるか、あるいは〈罠〉が発動しない高レベルの魔物がいると思って身構えていたが、その気配はない。


『フゥン……』

『アァゥ……』


 掴んでいた岩が砕けて崖の底に落ちる瞬間のような、もの悲しげな表情を浮かべた魔物がどんどん〈マイン〉の餌食になっていく。


 さすがにちょっとだけ多く設置しすぎただろうか。

 少し反省し、アルトは200の罠を停止する。

 それでやっと魔物がこちら側まで到達。

 だがリオンが〈挑発〉するまでもない、悲惨な状態のものばかりだった。

 まるで折れ曲がったライフルを松葉杖にして歩く敗残兵のようなリザードマンの姿に、良心の呵責を感じてしまう。


「師匠?」

「すみません」

「アルト、やりすぎ」

「はい。ごめんなさい」


 2人に睨み付けられ、アルトはさらに300の罠を停止した。

 そこからやっと、リオンとマギカ、アルトが同時に動く戦闘が開始された。


 リオンが〈挑発〉し、盾で攻撃を受けて反射、相手の腕をズタズタにする。

 その間にマギカが後方から〈連続攻撃〉を浴びせかける。そのすべてが〈振動撃〉であり、攻撃を受けた魔物がスタンする。

 足を止めた魔物の頭上から、アルトは〈凍結槍(フリーズランス)〉〈圧縮水槍(ハイドロランス)〉〈圧縮風槍(プレツシヤランス)〉〈砂鉄槍(サンドランス)〉を落下させ、肉片に変える。


「「…………」」


 攻撃態勢を維持したまま、ピタリと停止した2人が極寒の視線をアルトに突き刺した。


「あの……なにか?」

「「やり過ぎ」」

「いや……反撃が怖いじゃないですか? まだ生命力もわからないですし」


 アルトはまだ以前の記憶のせいで、龍鱗系魔物を極端に恐れている。

 そのため必要以上に力を入れて攻撃しても仕方がない。


「……だからって、なあ?」

「リオン、無駄。手遅れ」


 しかし2人には、アルトのトラウマが理解できないようだ。


 マギカとリオンから冷たい視線を浴びながらも、アルトは懸命に魔物を口笛で引き寄せる。

 魔物を半壊させると、突然アルトにレベルアップ酔いがやってきた。

 戦闘が維持できないほどの酔いに、アルトは戦線を離脱。


 それを見たマギカとリオンが、一瞬にして目に輝きを取り戻した。


「よっしゃっ! 悪は滅びたッ!!」

「邪魔者、消えた。今が好機」


 本当に、そんな言われ方をして傷付かないと思っているのだろうか?

 これでも傷付くんだぞ?


 ふて腐れながら、アルトは体を横にして2人の戦闘を見守った。

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