第227話 苦渋の中でふたり

 ぜんっぜん、勇者らしくねぇ!


 魔物の攻撃を盾で防ぎながら、リオンは奥歯を噛みしめる。


 盾をすり抜ける攻撃。

 耐久に自信があったのに、それを無力化する〈振動撃〉。

 こちらの〈挑発〉を振り切る強い理性。


 シズカと戦ったときのことが、いまでも脳裏を駆け抜ける。


「あれとどうやって戦えっていうんだよ!!」


 きっと、1人なら逃げ出していた。

 最初の一発をもらったときに、白旗を揚げていた。

 マギカと衝突したとき、寝たふりをして乗り切ろうとした。


 だが、リオンは立ち向かった。

 何度も倒れては立ち上がっているアルトを見捨てて黙っているなど、リオンの勇者性が許さなかった。


 勇者は敵を倒すものだ。

 勇者は何度倒されても不屈の精神で立ち上がるものだ。

 勇者は未知の力が覚醒するものだ。

 そうして勇者は必ず勝利を得るものだ。


 だが実際は、そうはならなかった。

 勇者力は湧き上がらなかったし、勇者的場面も展開されなかった。

 夢見たブレイブストーリーは沈黙したまま。

 リオンはただ地面を舐め続けた。


 自分の力が通用しない悔しさは、いままで何度も感じてきた。

 だが悔しさよりも、生き延びた安心感のほうが勝っていた。

 情けないなんて思わなかった。生き延びることが何よりも大切だったから。


 今回は違う。

 逃げたくないから、立ち向かうから、打ち勝ちたいから――悔しかった。

 勝てなかったから、生き延びたことがとても惨めだった。


 なにが勇者だ!

 なにがヴァンパイアだ!!

 誰も救えないなら、なにもないのと同じだ!!


 リザードマンを蹴散らしながら、以前にアルトの前で切った啖呵を思い出し、リオンはそっと口ずさむ。


 いいぜ。立ち向かってやろうじゃねぇか。

 すべてを跳ね返せるようになってやるよ!

 そのためなら、1滴も残らず使ってやる。

 勇者とヴァンプの力をな!!


 胸の中に沸き上がる力を剣に籠め、リオンはリザードマンに斬りかかった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 シズカに負けたマギカは、あまり衝撃はなかった。

 これは当然の結果だからだ。

 修行だと言われて迷宮に放り込まれたり、組み手だと言われて一方的にボコボコにされたり。

 過去に様々な経験を積んでいたため、やはりこうなったかとしか思わない。


 これでこそシズカ。絶対王者である。


 しかし日那州国を出てから、多少は強くなった。

 キノトグリスでアルトに出逢い、レベルを上げ、ユーフォニアでドラゴンを倒した。

 ハンナを追ってセレネ皇国に潜入しているあいだ、いくつもの熟練を上げた。


 いまなら少しは……。

 そう考えていた。


 だが実際は、まったく逆の結果になった。

 日那州国を出たときと変わらない。

 マギカは強くなったつもりだっただけ。


 栗鼠族特有の敏捷力を限界まで用いても、シズカには指一本触れられなかった。

 善魔を倒してレベルが81まで上がり、敏捷力も7000を超えているというのに。

 マギカはシズカに攻撃を当てられる光景がまったく思い浮かばなかった。

 あと1歩というところへさえ行けなかった。


 にもかかわらず、アルトはあと1歩と迫った。

 シズカに〈回避〉だけではなく、鉄扇を用いた防御を使わせてみせたのだ。


 アルトの限界を見たマギカは判る。

 彼といま戦えば、マギカが圧勝できることを。

 いったい何故彼から感じる力が弱まったか、それは判らない。

 おそらく善魔を倒す際に大けがをし、体を生かすべく器の力を用いたのだろう。


 それでもアルトは、シズカに到達しそうだった。


 マギカとアルトの違いは、戦術だ。

 戦い方がまったく異なっている。


 マギカは常に2手3手先を見ている。

 彼は……なにを見てるかわからない。

 実はなにも考えていないかもしれない。

 何故シズカと戦っているのに光弾で熟練上げしているのか?

 意味が不明である。


 そんな彼の怪しい行動にシズカが怯えた。

 反応が遅れて、鉄扇を用いて防御するしかなかった。


 奇計は邪道。

 あんなもの、とマギカの中にある武人の魂が怒りの声を上げる。

 だがそれでも彼がシズカにあと1歩と迫ったのは事実である。

 だからこそ、許せない。

 奇計に及ばない、弱い自分が、憎らしい。


 アルトはさほど意識していないかもしれないが、彼の攻撃はすべてが常識から外れている。

 その証拠に、いまもお香で呼び寄せた大量の魔物が、おびただしい罠に引っかかって悲しげな声を上げ斃されていく。


 1体につき、4属性の魔術が無数飛び出す。

 アルトはそんな罠を設置しているが、それがどれほど異常なことか……。


 魔術を用いるときは、想像力の強さが肝である。

 想像力が弱ければすぐに魔術は成立しなくなる。

 そのため通常、2属性の魔術を同時展開させられれば天才と呼ばれる部類に分けられる。

 2つ使うだけでも、別々の事象を想像しなければいけないので、恐ろしいほど高い想像力が必要になるのだ。


 それを4つ同時……。

 たとえ〈刻印〉のおかげだとしても、あまりに異常。

 常識外。

 人の道理から外れているとしか思えない。


 そんな彼がシズカを追い詰める姿を見て、マギカは少しだけ笑ってしまった。

 一体次はどんな奇計で攻めるつもりだろう?

 どうやってマギカの規格を外れてくれるだろう?


 キノトグリスでも思ったが、彼の一挙手一投足から目が離せなくなる。


 それと同時に、これではダメだと強く感じてしまう。

 レベルは間違いなく、彼よりも高い。

 しかしレベルは魔物を倒せば絶対に上がる。

 努力だけで、簡単に埋められる。


 いまある優位性は、いずれ無くなるだろう。

 そうなったとき、マギカとアルトの差はどれほど広がってしまうか。


 このままじゃ、ダメだ。


 マギカは両手に力を込める。

 アルトが自分だけの力を用いているように、マギカも〝自分だけの力〟を見つけなければいけない。


 幸いにもマギカはアルトが用意してくれたドラゴンの鉄拳がある。

 宝具に頼らない、純粋な戦闘力を底上げするのだ。


 そうしてアルトの奇計を、正統な力でねじ伏せる。


 絶対に、追い抜いてやる。

 マギカは両手に力を込めて、目の前の赤小龍に立ち向かっていった。

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