第228話 暗中模索
お香に釣られてやってきた魔物を殲滅し、魔物が全滅したら別の場所へ移動する。
移動しながらアルトは次々と〈罠〉を仕掛けていく。
さすがに1000はマギカとリオンに怒られるのであれ以来手加減をしている。
それでもここは最強の迷宮。
アルトが〈罠〉で優位に事を進めているが、事故を起こせば1発で死んでしまうレベルの場所である。
ドン引きされたとしても、命の保証だけは譲れない。
アルトは1部屋に400の〈罠〉を仕掛けて口笛を吹いた。
イノハの迷宮で覚えた〈並列思考〉が伸びたおかげか、1000や2000の〈罠〉を設置しても、頭が割れるように痛くなることがない。
とはいえ、1度に発動する〈罠〉が多ければ多いほど、アルトへの負担が加速度的に増えていく。
それを無視してさらに起動数を増やすと、痛みが体を突き抜ける。
手加減をしなければ倒れてしまう。
かといって、手加減をしている余裕はない。
どうするか考えて、アルトはすぐにそのことに思い至る。
別に、ここですべてを起動しなくてもいいんだ。
そうと決まればすぐ実行あるのみ。
アルトは別の部屋に仕掛けた〈罠〉を一時停止。
いまある部屋のみ〈罠〉を稼働させるのだった。
アルトが倒れている間になにかあったのか、リオンとマギカの戦闘行動が妙である。
わかりやすいのはリオンだ。
動きがかなりぎこちない。
いつもは簡単に防いでいる攻撃を、あっさり体で受けてしまっている。
なにかやろうとしているのか?
攻撃を受けても、失敗したという表情が浮かばない。どちらかといえば、これじゃないという苦い顔をしている。
魔物を倒すだけで勇者勇者と満足していた彼に、一体どんな心的変化があったのやら。彼が求めている勇者らしさとは無縁の、泥臭い攻防を続けている。
(いや、元々戦い方は泥臭かったけどね……。なんか、変わったなあ)
マギカも苦戦しているが、その原因は鉄拳にある。
彼女は宝具を外し、アルトがプレゼントしたドラゴンの鉄拳を填めている。
(うーん。宝具より弱いはずだけど。なんで使ってるんだろう?)
考えてもよくわからない。
変化があったのは2人だけではない。
アルトの攻撃の隙を突いて、ルゥが攻撃するようになった。
とはいえ肉体でぶつかっていくわけではない。
もっとも安全な鞄の隙間から細い管を伸ばし、そこからプッ!! と魔石を射出するのだ。
なんということでしょう。
ルゥが射出した魔石は、ことごとく魔物の急所――目に刺さっていった。
おそらくはリオンの額に魔石を飛ばしたのが始まりだろう。
少し目を離した隙に、こんなにも成長しているとは……。
ルゥの素敵な成長に、親のアルトは目を潤ませて天井を仰ぐのだった。
ある程度魔物を狩ったところで、アルトはお香を消した。
今日はあくまで下見。
本番はこの後だ。
「なんだよ。まだ経験が足りてないぜ?」
「ん。早い」
2人が抗議の声を上げるが、アルトは迷宮に籠もる準備をしていない。
1日は持つだろうが、集中して狩りをするとなれば1週間分の食料は必要である。
それでも最低限。できれば1ヶ月分は用意しておきたい。
食料事情について説明され、マギカは渋々納得した。
キャベツだけあれば生きて行けるリオンも、自分の鞄の中を見て渋々アルトの意見に賛同た。
……どうやら彼自慢のキャベツが、フィールド効果(熱)で傷んでいたようだ。
迷宮を出るとあたりはすっかり暗くなっていた。
そこまで時間が経っているとは思わなかったんだけど。
シズカと戦って、レベリングに熱が入ってしまったのだろう。
幸いなことに、迷宮の外にはもう武士の姿はなかった。
シズカが連れて帰ったのだから当然であるが、やはりマギカとリオンがおいたしたばかり。
犯人を捕縛するために残っていたらどうしようかと思っていたのだが、ちゃんとシズカが回収してくれたようでよかった。
旅館はリオンが選んだだけあって間違いがなかった。
赤身魚の塩焼きに米。そして味噌汁、醤油。どれも一級品だ。
この醤油と味噌のことは、皇帝テミスに教えてあげよう。
海路を使えば輸入も簡単なはず。いずれ日那州国は帝国と商業の面で強く結びつくだろう。
そして食事の後は温泉だ。
室内は桧。露天は岩風呂。乳白色の源泉掛け流し。
こんな贅沢をして、いいのだろうか?
いいよね? だって、いままで頑張ってきたんだもん。
これくらい贅沢しても、神様は罰を与えないよね!
アルトは露天風呂に肩まで浸かり、大きく息を吐き出した。
「ああ、幸せ……」
だがすぐに幸福感がかき消える。
今日の戦闘で見えたこと、そしてまだ見えないところが理解できた。
レベルはもちろん必要だ。
レベル99にするという目標は変わらない。
だがそれだけでは、あのシズカ相手に完勝出来ない。
彼女はまだ本気を出していない。
きっとレベル99になっても、彼女がさらにギアを上げただけで今日と同じような戦闘になるに違いない。
……であれば、どうするか?
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