第224話 最強の皇女
「たわけっ!」
シズカが己の腕に爪を立てる。
その痛みで、自分の――自分だけの意識をつなぎ止める。
「なるほど。ウチは魔法にかかとったんやなぁ。ほんま、〝この魔法〟は厄介やなあ……」
それは神の力。
意識の絶対強制。
神が世界を安定させるために用いた、最悪の魔法だ。
魔法はシズカに、アルトが特別でない、ただの劣等種だと思わせようとしている。
そう強力に働きかけている。
この呪縛からは、神代戦争を生き残ったシズカですら逃れられない。
だからこそ、シズカは強靱な理性で意識を操作する。
認識は変えられなくとも、意識は変えられる。
ならば今度は感覚ではなく、現実を見よう。
その現実こそが、神が禁じる正しい答え。
新たな世界が欲する、外の道だ。
「……ほな2戦目にいこか? 今度は、早々に倒れたらアカンで?」
軽く〈挑発〉を用いて、シズカは妖艶に微笑んだ。
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アルトがかつて戦ってきたなかで、シズカは最強の相手だった。
おそらく熟練の多くはカンストしており、ステータスもレベルも格も階位も、この場にいる誰よりも高い。
魔術は通じず、攻撃は通じず、罠にもかからない。
勝てる見込みはない。
だがアルトは立ち向かった。
マナの衝撃波を受け吹き飛ばされてから、アルトの意識がごっそり抜け落ちた。
おそらく半分ほど意識を喪失していたかもしれない。
ほとんど無意識になったおかげで、強敵を前にしてガチガチになっていたアルトの体からほどよく力が抜けた。
無駄な思考がそぎ落とされ、普段のレベリングと同じようにアルトの体が動き出した。
〈縮地〉〈縮天〉、〈避躍〉。合成スキルを駆使して相手の攻撃を躱し、
〈魔術〉を〈ハック〉でねじ曲げ、
〈ハック〉で己の位置座標を揺り動かす。
2度、3度と吹き飛ばされて、さらに意識が欠落していく。
だが残った意識が集中力をかき集め、アルトは己の体をシズカに向かわせる。
立ち向かう数だけ吹き飛ばされ、吹き飛ばされた数だけ立ち上がる。
そうしているうちに、アルトはだんだんと楽しくなってきた。
それは戦闘が、ではない。
吹き飛ばされることが、でもない。
自分が立ち上がれること。
立ち向かえること。
全力で戦えること。
まだいける。まだ走れる。
まだ眠らない。まだ倒れない。
遠くへ、もっと遠くへ手を伸ばせ。
そうして掴むのだ。
ハンナを助けるための、大いなる力を……!!
次、次、次。
まるで数万通りある中から1つの正解を見つけ出す科学実験のように、アルトは次々と攻法を試してはペケを入れ、また新たな攻法を試しに向かっていく。
その実験の中に、新たにリオンとマギカが加わった。
これでルートが3乗された。
増えたことで絶望はない。
ルートが増えれば増えるほど、攻略への可能性が増加するのだから。
まだルートは沢山ある。
だからへこたれるな。
折れるな、止まるな、怯えるな!
体よ、動け。
もっと、もっと!!
HP・MP・SPが限界を向かえた頃。
目の前に現われた攻法ルートを辿るのに夢中になっていたアルトの頬を、ぺしぺしとルゥの触手が軽く叩いた。
もうそろそろダメだよ。
たったそれだけで、アルトの集中力がぷつりと切れた。
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これ以上無い完璧な敗北だった。
アルトとマギカとリオン、3人で戦ったにもかかわらず、かすり傷ひとつ付けられなかった。
体が動かなくなったアルトは、敗北の悔しさを滲ませる。
強い相手に勝てる力がない、自分自身が憎らしかった。
それと同時に、感謝もしている。
いずれハンナを救うとき、きっとアルトは“強い敵”と戦わなければいけない。
その曖昧とした目標が、シズカという現実になって現われたのだ。
想像には限界がある。だからこそこうして、わかりやすい目標が目の前に現われたことは、アルトにとって救いだった。
これを乗り越えられるくらい強くなれば、きっとハンナを救い出せるのではないか。
そんな予感をひしひしと感じるのだ。
「やはり、ウチには勝てんかったなぁ」
「…………」
床に倒れたマギカの耳の感触を存分に味わったシズカは、口元を鉄線で隠し目を細める。(疲労とダメージで倒れていてもマギカの尻尾だけは鉄壁であった)
シズカはマギカの尻尾との苛烈な攻防が無かったかのように、しゃなりと立ち上がる。
「罰として、この迷宮の魔物の間引きを頼むで?」
罰と言っているが、口振りから彼女が『ここで強くなれ』と言っているのが、アルトにははっきりと判った。
でなければ、盾を構えたリオンの隙を突いたり、蒸気に紛れたマギカに存在がばれた理由を説明したり、アルトの攻撃を何度も躱したりはしなかったはず。
彼女くらいの力があれば、マナを面で放出したマナバーストの1撃で3人を蹴散らせたのだ。
それをしなかったのは、彼女がアルトたちに示したかったから。
自分たちの力のなさを。
そして、目指すべき力の、伸ばす先を……。
乱暴だが、実に判りやすい。
いい教師だと、アルトは感じた。
だからこそ戦闘中も、微笑みがアルトの顔に付いて離れなかった。
「すぐに追い抜きますから。覚悟しててください」
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