第223話 無意識の魔法を凌駕せよ

 アルトはその攻撃をひらりと〈回避〉する。

 その〈回避〉に、シズカは目を疑った。


 アルトの体が歩向とは無関係に真横に動いたのだ。

 慌てて2度、3度と攻撃を繰り出すが、やはり同じように体が横にずれる。


 通常、人間が動くときは筋肉が僅かに動く。

 予備動作が、必ずある。

 だが、それがない。


 おまけに重心も一定。

 横に1歩ずれるときは、必ず数ミリ体の中央にある重心がずれるものである。

 にもかかわらず、それすら彼の動きには見当たらない。


 彼は前へ歩きながら横にずれている。

 右に足を動かしながら左へ移動し、左に足を動かして後ろに下がっていく。


 滑らかに、予兆なく、動作すらなく、彼はシズカの攻撃を〈回避〉する。

 その動きに、シズカはかつてないほど戦慄した。


「な、なんやその動きは!? キショッ! 動きがキショッ!!」


 ぬるぬると体が動く。

 得体の知れない移動。歩法。そして、〈回避〉に、シズカは混迷を極めた。

 頭が混乱し、恐怖する。


 そんなシズカの攻撃が躱せなくなってきたのか、アルトはさらに動きを大きくする。

 横へ、前へ、後ろへ、そして上へ。

 ぬるぬるぬるぬる。


 しかもよく見れば、彼が用いるスキルは〈回避〉だけではない。

〈ステップ〉や〈縮地〉、〈跳躍〉を組み合わせている。

 ……いや、合成と呼ぶべきか。


 何故そないなことを思いつくんや!?


 スキルはそれ単体が完成形だ。

 合理の極地であるが故に、一つの乱れも許されない。

 組み合わせることはあっても、合成して成立させるなど不可能である。


 出来るものではないし、試すことすら馬鹿らしい。


 それを何故、どうやって成立させたのか?

 まったく正気の沙汰とは思えない。


(いったいアレの頭ん中はどないなっとんねん!?)


 彼は無表情のまま、体を一切動かさずに縦横無尽に体を滑らせる。

 頭の上に光弾をぐるぐる回しながら……。


「なんで光弾浮いとんねん!?」


 それにはまるで殺気はない。攻撃の意図がないのだろう。

 では、何故態々そんなものを?


 動きがさらに滑らかに、ぬるぬると、素早くなっていく。

 彼はニヤリと口を歪める。


「こここ、こっち来んといて!」


 恐れおののいたシズカが、再びマナを放出し面で攻撃する。

 さすがにそれは躱せないようで、アルトは先ほどと同様に後方へと吹き飛んだ。


「……はぁ、はぁ」


 一体アレはなんだったんだ!?

 3000年生きてきて、初めて見た奇怪な所業に、シズカの心拍数はいまもなお収まらない。


 本質的な意味合いでの恐怖や畏怖はまったく感じない。

 彼の動きを見ていると、まったく違う意味の恐怖と畏怖を覚えるのだ。

 彼の動きが人種の理から大きく外れてしまっているように思えた。


 アカン。アレは、アカン!

 あんなん人間ちゃうやろ!?


 しかしアルトは人族だ。

 間違いなく、人間である。


 だからこそ、変態。

 それ以上の形容はなく、それ以下もまたない。


 変態。

 変な態(かたち)。


 後方に吹き飛ばしても、まだアルトは止まらない。

 かなり苦痛があるのか顔を歪ませ、なのにそれが途端に笑みに変わった。


 痛みが嬉びに。苦しみが楽みに。

 かなりの怪我をしているにも拘わらず彼は、微笑んでいた。


 なんたる……。


「変態。まごう事なき、変態や!!」


 先ほども思ったことだが、彼の根性は凄まじい。

 ほぼ強制的に戦闘を始めたにもかかわらず、何故か彼は止まらない。


 利益も勝ち目もない戦いなどすぐに白旗を揚げるのが普通である。

 これは誇りを賭けた戦いでもないし、金品だって奪われない。


 負けてもなにひとつ失うものがないのだ。

 であれば辞めて当然。

 諦めて当然。


 なのに、彼は立ち上がる。


 まさか戦闘狂なのか? と考えるがすぐに否定する。

 彼には戦闘を楽しんでいる雰囲気はない。

 攻撃を食らうと顔を歪ませるし、シズカに短剣を伸ばしたときですら、申し訳なさそうな表情になっていた。


 シズカに怒っているわけではない。

 戦闘を愉しんでいるわけでもない。

 なのに、彼は笑っている。


 アルトの思考は3000年生きたシズカですら、深淵を覗き見ることが出来なかった。


 気持ちの悪い動きをするアルトを、シズカはさらに再三再四マナで吹き飛ばす。

 さすがにもう起き上がらないだろう。


 少し力を込めすぎた。

 壊れてなければ良いが……。


 鉄扇を前に掲げ口元を隠す。

 そのとき、シズカはようやく自分が息を上げていることに気がついた。


(……一体、いつからや?)


 大した戦闘を行っているわけではない。力を抜いている。にも拘わらず、何故自分は息が上がっているんだ?


 シズカが眉を寄せる中、また、アルトが立ち上がった。

 肌の露出したいたる箇所から出血してもなお、彼の表情は先ほどと変わらない。

 静かで、闘争心がなく、怒りも恨みもなにもない。

 ただひたすら純粋に、まっすぐシズカを見つめている。


 驚くべきことに、アルトの奮闘に反応するように、先ほどまで昏倒していたマギカとリオンが立ち上がった。


 かなり強めに〈振動撃〉を与えて、脳を直接揺さぶった。

 彼女らは、1刻はまともに動けないだろう衝撃を受けたはず。


 なのに、なぜ?


《違和感》《認識にノイズ》《――改変》


「たわけっ!」

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