第222話 認識改変

 そして、〝神々の祝福を受けた者〟――アルト。

 彼は――、


《違和感》《認識にノイズ》《――改変完了》


 彼は顔があまりぱっとしないただの少年。実に平凡で、欠伸が出るほど平凡で、おまけに劣等格の持ち主ときた。

 一体何故彼は神々に祝福されているのか、さっぱりである。


 彼らはそれぞれ神に見初められた――目をつけられた者達である。

 ならば、なにか目を引く特別があるはずだ。

 そう考えたのだが、まだまだ。シズカにとっては赤子も同然。


 やはり彼らも、他の有象無象と同じ。

 落雷がその体を直撃するように、ただ神の目に留まっただけの不幸な存在でしかないのかもしれない。


 良い肩書きがあるからといって、必ずしも優秀であるとは限らない。


 現人神として君臨して、もう千年になるだろうか。

 この世の常というものを、シズカは痛い程知っている。

〝天〟の名を受け継いだときから、そのときが来るのをどれほど待ちわびたことか。


 だからこそ、彼らに期待し、現在、失望している。


 このシズカですら、神の座には届かない。

 そんな彼女に傷ひとつ付けられないのだ。


 これでは神に報いるなど不可能だ。

 誰1人救えず、無力な自分を呪い、虫けらのように死んでいく。

 その未来を、容易に想像できる。


 マギカとリオンが地面に落下する。

 これで終わりか。

 そう思ったシズカの目の前に、突如〈熱魔術〉が出現した。

 おそらくこれは〈火〉系統の最高魔術。フレアあたりだろう。

 すでに魔術はシズカの目と鼻の先にあったが、慌てず1歩動けば十分躱せる。


 そう思い、シズカは余裕を持って足を動かす。

 ――だが、


「な!?」


 躱したと思った魔術が突然軌道を変えてシズカに迫ってきたのだ。


 待機状態であるならばいざ知らず、手から離れた魔術は直線的にしか飛ばすことが出来ない。

 手から放り投げた小石のように。放ってしまったのだから、そこから変化するなど不可能なのだ。

 もちろん、かなり難易度は高いが、様々な軌道を描くように魔術に指示を与えることはできる。それでも、〈回避〉の熟練が上がりきっているシズカが躱せないものなどない。


 にも拘わらず、魔術はシズカに迫る。

 シズカが決して躱せぬよう、完全に軌道を変えて。

 魔術はすでにすぐそこ。


「なぁぁぁぁぁ!!」


 焦ったシズカはマナを籠めて鉄扇を振るった。


 ――タァンッ!!


 接触寸前に、オリハンナコンで鍛えられた扇子が魔術を打ち砕く。

 いまのは、ぎりぎりだった。

 当たっても命に別状はないだろう。

 だが相応の怪我は負ったに違いない。


 危なかった。

 そう思った矢先、

 直感が体を動かした。


 数々の戦闘を乗り越え、戦場を乗り越え、地獄を乗り越えたシズカの肉体は、微かな殺気にも敏感に反応した。


 だが、そこまで。


 振り向いたとき、シズカの目の前には既に短剣を振り抜いた体勢のアルトがいた。

 接触まであと1m。

 コンマ1秒もない。

 刹那。


「――ッ! たわけぃ!!」


 喝激。

 シズカは口からマナを面で放出し、アルトを吹き飛ばした。


 ……なんたる不覚。

 アルトの攻撃に、シズカの背中がチリチリと怯える。


 シズカはこれまで彼は魔術師だと思っていた。

 実際彼は、魔術しか用いてこなかった。

 だがまさか、短剣の練度も高かったとは……。


 魔術をねじ曲げる程の〈魔術操作〉。

 魔術に籠めた殺気に紛れ、気配を隠す〈隠密〉。

 そうしてシズカにあと少しで傷を負わせていただろう〈短剣〉。


 おそらく万能型なのだろう。どれも総合して平均より高い練度を感じる。


「なんという逸材――」


《違和感》《認識にノイズ》《――改変完了》


「――いや、一発芸が凄いだけやな」


 あくまでいくつもの熟練の値が高いだけで、そこに突出した力はない。


 万能型は予測不能の状態に強く、相性の不利を避け有利に事を運べる。

 しかし対等か、少し上までの相手ならば十分通用するが、それ以上――人間の壁を越えた先にある神の領域に手を出すとなれば通用しない。


「残念やけど、彼は望み薄やね」


 先ほどは反射的に強めにマナを放ってしまったが、生きているだろうか?


 シズカは道同じくするものには厳しいが、外れたものに同じ厳しさは与えない。

 彼はもうシズカの中から外れてしまった。


 だから、その身を案じる。

 神を討つ者でなければ、修練で無駄に命を落とす必要はないのだ。


 壁に衝突し、土煙が上がった中から壁に埋まったアルトの姿が現われた。

 通常の人間であれば体がバラバラになるほどの衝撃だった。だが彼はそこそこレベルが高く、龍の防具も装備している。命に別状はないだろう。


 だからこそ、辛いこともあるのだが……。


 生物は死を忌避する。なにより死を恐れる。

 だが人種は、死んだ方がマシだと考えることがある。

 死より辛い現実というものは、確かにあるのだ。


 己の力が通じなかった過去の戦を思い出し、シズカは湿ったため息を吐き出した。


 そうしているあいだに、アルトが動きだした。

 マギカとリオンがまだ昏倒しているというのに。

 シズカのマナの波動を受けてすぐに動けるなど大したものだ。


 彼は腰を落とし、ゆっくりと前進する。

 かなりダメージを負ったからか、動きに切れがない。


 ……さて、どうやって彼の心を折るべきか。

 諦めが悪い人間は、戦闘において最も質が悪い。

 こちらに殺意がなくとも、殺すまで立ち上がるからだ。


 シズカは彼をまったく殺すつもりはない。だからこそ、すぐに立ち上がり戦意を見せた彼の根性が悩ましい。


 ここは強めの〈振動撃〉で意識を刈り取るべきだろう。

 それで倒れてくれれば良いのだが。


 シズカは近づいてきたアルトめがけて、無造作にセンスを振るった。

 しかし、


「――へ?」


 アルトはその攻撃をひらりと〈回避〉したのだった。

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