第181話 恐怖のダンジョン攻略
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「来たってなにが? お化け?」
「はい。後ろに、お化けがいますよ」
「ハァ……師匠。人を欺すならもう少し上手にやれよ。そんなんじゃ、今時の子どもでも騙されねぇぜ? プクククゥ!」
(ああ、マギカ。一度だけで良い。いまここに来てこの男の頭蓋骨を打ち砕いてくれないだろうか?)
魔物が現れたというのにアルトはつい、遠い目をしてしまう。
「リ、リオンさん……後ろですわッ!」
「だぁかぁらぁ、その手には乗らねえって!」
「ち、違いますわ! 本当にッ」
シトリーの顔色を見て、さすがにリオンもおかしいと気づいたのだろう。
ギチギチとオイル切れのブリキのおもちゃのように、リオンはゆっくりと首を回す。
その真後ろに、アルトの指摘通り魔物の姿があった。
イノハの迷宮。
その特性が最も色濃く出た魔物。
落ちくぼんだ眼窩に白い素肌。頭や体に装着されているのは年代物の防具。手に持つ盾と剣も、錆びてぼろぼろだ。
それはこの迷宮において、最も弱い魔物。
骸骨兵が、カタカタと顎骨を鳴らした。
「ンギャァァァァ!!」
涙と鼻水とよだれを噴射し、目を血走らせたリオンが飛び上がった。
大声を上げた際に切れてしまったのだろう、口元にうっすら血液が滲んでいる。
そんな顔を間近で見てしまったシトリーが、
「キャァァァァァ!!」
驚きに顔を歪ませ、悲鳴を上げた。
「ナァァァァァ!?」
「ヒァァァァァ!!」
リオンとシトリーが同時に走り出した。
しかし慌てたせいで二人の足が絡まり、同時に転倒。
リオンが起き上がり、その背中をシトリーが踏みつける。
背中を踏み越えたシトリーだったが、リオンに足を引っ張られて顔面から地面へ激突した。
「ングォア!」「ひゃん!」
「ギョビシッ!」「くぎゅあ!!」
転んでは起き上がり、悲鳴を上げて転ぶを繰り返す。
互いが我先にと――相手を生け贄に差しだそうとしながら、骸骨兵から逃げていく。
「これは酷い……」
「カタカタ……」
アルトに同調するかのように、骸骨兵が顎骨を鳴らす。
まるで『これ、どうしましょうね?』とでも言われている気分である。
イノハの迷宮には、様々な死霊系モンスターが生息している。
死霊系モンスターは他の魔物とは若干趣が違い、人間性が感じられる。
それは人の魂が神によって砕かれた結果、魂の欠片が魔物に変わったからだと言われている。
人間性の欠片が感じられるといっても、相手は魔物である。人にあるはずの理性はほとんど欠落してしまっていて、その変わり闘争本能が極端に強い。
人間のようだからといって手加減をしては、逆に殺されてしまう。
逃げ出したとはいえ2人は一応高レベル。なにかあるとは思えないが、彼女たちが深部に進む前に合流した方がいい。
骸骨兵をさくっとただの骨に変えたアルトは、どこぞに走り去っていったリオンとシトリーを探しに走り出した。
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リオンに何度も転ばされたせいで、体中に小さい擦り傷が出来てしまった。
はぁ、とため息をついてシトリーは肘に出来た擦過傷を撫でる。
「……もう、アンタが変な顔するからビックリしたじゃねぇかよ!」
「それはあなたが驚いて大声を出すからですわ」
「オ、オレがあんなのに驚くはずねぇだろ! オレは勇者だぜ? あ、あんなのが怖いはずねぇんだよ!」
何度も不毛な言い争いをしたからか、あるいは魔物の出現に怯えているからか。
いつもなら大声でガナリ合うのだが、2人の声に覇気がない。
現在シトリー達はアルトからはぐれ、ダンジョンを彷徨っている。
ここが通常の迷宮ならば、心細さなど感じなかったに違いない。
しかしここはイノハの迷宮。死霊の類いが跋扈している。
ここまで走ってくるあいだにいったい、何度死霊系の魔物を目にしたことか……。
(わたくしは見ていません。なにも見ていませんわ!)
そう強く念じることで、シトリーは死霊の存在から目を背け続けてきた。
だがもう、それもそろそろ限界だ。
「で、どうすんだよ?」
「ひとまずはアルトと合流すべきかと思いますわ。死霊系の魔物の多くは、魔術でなければ倒せません。わたくしたちは武器での攻撃しか出来ませんので、危険ですわ」
魔術が使えないシトリーは、死霊系の魔物が大の苦手だった。
こちらからは手が出せなのに、相手からの攻撃は一方的に受け続けるからだ。
「そうだな。で、戻る道はどっちだ?」
「真っ先に走り出したリオンさんは覚えていらっしゃらないんですの?」
「……」
「……」
2人とも黙りこくってしまう。
ここまで必死に逃げてきたのだ。道順など覚えていようはずもない。
「師匠がオレ達を見つけてくれるのを待つか?」
「待っているあいだに、もし攻撃が通じない魔物に見つかったらどうするんですの?」
「逃げる」
「……仕方ありませんわね」
2人はアルトを求めて歩き出した。
途中、天井から落ちてくる水滴を受けて、リオンが「んぎゃ!」とカエルを踏みつぶすような悲鳴を上げる。
「そんな声を出すなんて、平民は下品ですわね」
などと口にするシトリーも「ふぎゃ!」と悲鳴を上げてリオンにからかわれる。
(何故わたくしは、ここまでリオンさんに突っかかってしまうのでしょう?)
リオンと旅を始めたあの日から、ずっと喧嘩ばかりしている。
食事の作法であるとか、魔物を倒す手順であるとか、取るに足らないことまでも、あらゆるすべてでぶつかってしまう。
相手は平民。貴族であるシトリーが絡む必要などない。
にも拘わらずシトリーは絡まずにはいられない。
どうしても反論したくなる。
これまでそうした思いに駆られたことなど一度もなかった。
一体リオンの、なにがそうさせるのだろう?
皆目見当も付かない。
「なな、なんかいるぜ?」
リオンが恐る恐る前方を指さした。
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