第210話 遭難その3
「……そろそろ、何が狙いなのか教えてくれても良いんじゃないですか?」
「なな、なんの話だよ?」
あくまでしらばっくれるつもりらしい。
アルトはため息を吐き出し、口を開く。
「なんでそこまでテンションが高いんですか?」
「それはこの島に冒険が溢れてるからだな」
「冒険しようという割には、あまり冒険っぽいことをしてませんけどね」
「これから洞窟に入って冒険するんだよ!」
「どうして洞窟がここにあるってわかったんですか?」
「し……知らなかったゼ? いやー、偶然偶然」
リオンの目が僅かに泳いだ。
「嘘が下手ですね」
「…………」
そう。この洞窟は決してすぐに見つけられるものではない。
なのにリオンはここまで、道もないのにまっすぐ歩いて来た。
まるでここに、洞窟の入り口があることをあらかじめ知っていたかのように……。
「リオンさんは、この場所を知っているんですか?」
「……偶々だったんだよ」
「はぐらかさないでください」
「別に、はぐらかしてねぇよ。この島に着いたのが、偶然だって意味だよ。まさか、漂流してここに来るなんてな。そもそも俺自身、この島がどこにあるのかも知らねえから、来たくても来れねぇし……」
「どういうことですか?」
「ここはな、神代戦争が終わる前に、俺が両親と一緒に流れ着いた島なんだよ。まさかもう一回、ここに流れ着くとは思ってもみなかった。俺は勇者だから、運が良いんだろうな」
「…………」
「で、俺は両親とここに来て、一人で島を出た。……意味は、わかるだろ?」
アルトはやっと、リオンが何をしようとしているかに思い至った。
だがそれを口にするには、あまりに重すぎる。
「ヴァンパイアってよ、わりとあっさり死ぬのな」
「それは、人間も同じですよ」
「いいや。人間は触っただけじゃ死なねえだろ。でもな、ヴァンパイアは死ぬんだよ。
神代戦争のときだ、神様がヴァンパイア特化の宝具を生み出した。
触れたら必ず死に至る。怪我で死ぬんじゃねぇ。魂が体から抜けていって死ぬんだ。回復魔術でもどうにもならない。そういう宝具があった。
師匠は神代戦争の歴史を知ってるだろ? ヴァンパイアの国は真っ先に滅んだ。種族的にはかなり強かったんだけどな。攻撃してもすぐに回復するし、身体能力も高い。殺そうとしてもなかなか死なない種族だったのに、一番最初に壊滅した」
「その理由が、ヴァンパイア特化の宝具、ですか」
「ああ。んで、俺と両親は命からがらフォルテルニアを逃げまわった。決して人間に見つからないように。そうして、いろいろあって、海に流されて、この無人島に着いたってわけだ」
リオンは一度空を仰いで、アルトに背中を見せたまま勢い強く袖で目を擦った。
「……その頃にはもう、両親の魂は半分以上体から抜け出してた。一体いつ宝具の攻撃を受けたのかはわからない。たぶん、俺の命を救おうとなりふり構わず攻撃を食らい続けたからだろうな。
この洞窟の中で生活して、両親は日に日に衰弱していった。でも俺には決して辛いなんて素振りは見せなかった。山菜を採って、一緒に食べて笑ってた記憶しかねぇ。
両親が消える前に、俺はこの島から出ていった。出て行ったというか、両親に追い出された。絶対に嫌だって反抗したんだけど、親父に全力で海に放り投げられた。
酷くねぇ? 自分の子どもを、ヴァンパイアの腕力で海に放り投げるんだぜ!? たぶんありゃ、3キロくらいは飛ばされたな……」
そういってリオンはカラカラ笑う。その冗談にはいつもの切れがない。
まるで、笑えない。
「その後は、師匠も知っての通りだ。野菜を食べて逃げまわって、いつしかギルドの職員になって師匠に出逢って……。だから俺はこの世界でも、両親の死に目に会ってない」
向き直ったリオンの瞳が、まっすぐアルトに向けられた。
「師匠、頼みがある。俺と一緒に、洞窟に入ってくれ」
願うリオンはこれまでと違って、ほんの少しだけ体を震わせていた。
それは、拒まれたらどうしようという類いの恐れではない。
これから洞窟の中で何を見るか。それを想像して、怯えているのだ。
アルトは一度口を開いて、すぐに閉じる。
口の中がカラカラで、上手く言葉が出て来なかった。
アルトは口内を唾液で湿らせてから、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「はい。一緒に行きましょう」
リオンが反応するより早くアルトは前に歩き出し、後ろも見ずにリオンの手を取った。
彼の手は、芯まで冷え切っていた。
それを自分の手の熱で解きほぐすように、しっかりと握りしめる。
洞窟の中は、入り口が狭く、中に進むに従って広がっている。
通路に分かれ道はない。ただ1本の道が闇に向かって奥へ奥へと進んでいる。
暗闇が濃くなってきたので、アルトは頭上に光弾を飛ばした。
光は瞬く間に遠くまで照らし出す。
その瞬間、リオンが僅かに怯えた。
きっと、心の準備もなく〝見て〟しまうのが怖かったのだろう。
けれど、まだその現実が見えないとわかると、手から僅かに緊張が消えた。
しばらく進むと、やっと洞窟の奥にたどり付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます