第209話 遭難その2

〈気配察知〉は絶え間なくいろいろな生物の気配を感じ取っているが、〈危機察知〉は働かない。

 リオンではないが、若干の冒険の予感を覚えたが、大きな冒険は期待できなさそうだ。


「さあ師匠! ここの木を伐採して日本家屋を建てるぞ!」

「……何故僕が。というか、木を切り倒したいならモブ男さんがやればいいじゃないですか。それくらいもう出来ますよね?」

「それもそうだな」


 リオンは腰から長剣を抜き放ち、勇ましく長剣を掲げた。


「俺はもう、あのときみたいに逃げて泣いていたリオンじゃない!」

「いや、いま逃げながら泣いてましたよね?」

「ここでスパッと木を切って、師匠の度肝を抜いてやるぜ!!」

「木を切っただけじゃ度肝は抜かれませんて……」


 どうでもいい台詞を高らかに、彼は長剣を力いっぱい振り抜いた。

 ご丁寧に、長剣は光魔術で覆われている。そんなものを纏わせても、ただのオーバーキル。無駄も良いところだ。


 どうも、彼はその技が気に入ったようだ。

 どうせ見た目が最高に勇者っぽいからだろう。


 リオンは光り輝く剣で太い幹を一度で切断した。

 さすがに長剣の熟練はかなり上がっているようで、アルトが見ても太刀筋には文句がない。


「お見事です」

「だろ? 俺のこと見直したか?」

「…………モブ男さん、後ろ」

「なんだよ、俺を驚かせようとしてんのか? まったく、そんな手口に引っかかるかよ……」

「いやほんと後ろを見て――まあ、いいや」


 どうせもう手遅れだ。

 アルトが諦めた次の瞬間だった。


「――ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 リオンが切断した大木が、彼の頭上めがけて倒れ込んだ。

 哀れ、リオンはハンマーで打ち付けられる釘のように、地面にめり込んでしまった。


「師匠、なんで助けてくれないなかったんだよ!! この、人殺し!」

「死んでませんから。っていうか、それくらいじゃ死なないですよね?」


 オリアスの攻撃を何度も受け止めていたのだ。

 今更大木が倒れ込んで来ようと、手傷を負うようには思えない。


「……さすが、モブ男さんは毎度僕の度肝を抜いてくれますね」


 まさかここまで馬鹿(アレ)だとは思わなかった。


「ありがとう、モブ男さん。少しだけ癒されました」

「この状態を見て癒されるとか、おかしくね!?」


 いやいや。

 どこまで行ってもリオンはリオンだと判っただけで、十分癒しである。


 人間は絶対に変わる。

 世界だってそうだ。

 変わらないものはない。


 だからこそ、変わらないものがあったとき、人間はそれがとても貴重なものだと思うし、変わらない事実に安堵し、癒されるのだ。


「ちょ! なんで手を合わせるんだよ!? 死んでないから。俺、死んでないから! 早く助けてくれよ!!」

「あ、はい。いま助けますね」

「――ったく、師匠は勇者の扱いが雑な――のあぁぁぁぁぁぁ!! んぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 アルトが短剣で大木を輪切りにすると、リオンが涙を噴射した。


「ひゅってなった……、剣圧が頬で、ひゅっとなった……!!」

「ほらリオンさん、早く立ち上がってください」

「師匠、俺を殺す気か!?」

「なわけないじゃないですか」

「大木の端っこから徐々にこっちに輪切りが迫ってくる恐怖が判らないのか!?」

「間違えて当たってもドラゴンの鎧が食い止めてくれるから大丈夫ですよ。多分」

「多分!? 多分ってなんだよ!? 師匠は馬鹿なの!?死ぬの!?」


 助けたのに酷い言われようだ。


 ぎゃーぎゃーと五月蠅いリオンを救い出し、しかし結局切り倒した大木をスライスしてしまったため、まったく材木として役に立たなくなってしまった。


「はあ……」


 こんな無駄に時間を浪費している場合ではないのに!


 こうなったらイカダを作って島を脱出すべきじゃないだろうか?


「……はっ!」


 アルトは己の額に手を当てた。


 星を読めば方角くらい分かるし、《ハック》があるから動力もバッチリだ。

 島から脱出するだけなら、イカダがあれば十分じゃないか!


(どうしてイカダを作るという発想に至らなかったんだ……)


 どうやら遭難したことで、想像以上に混乱していたようだ。


「ほら師匠なにしてんだよ。今度は洞窟探検に行くぞ!」

「え? いや僕はいまからイカダを――」

「グズグズしてるとお宝が逃げ出すぜ!!」

「いや……お宝は逃げない……あぁ」


 レベルが上がったアルトも、ヴァンパイアの力には対処できない。

 首根っこを掴まれたアルトは抵抗も空しく、リオンに振り回されるのであった。



 ……リオンの様子が妙だ。

 いや、いつも妙なのだが、今日は特別に変だ。


 アルトはリオンの様子にげんなりしてしまう。

 なぜこうも張り切っているのか。やはり勇者だからか。


 未開の地。無人島。開発。

 その単語を聞けば確かにワクワクする気持ちはアルトにも理解できる。

 だが、それを差し引いても加熱しすぎている。


 道なき道をまっすぐ進んだアルトたちの目の前に、突如洞窟が現われた。

 切り立った断層崖の真下。ちょうど森の中にあって、遠くからでは姿を確認できない。


 ひっそりとした入り口に、アルトは眉根を寄せる。

 横ではリオンが長剣を抜いて、刃こぼれしていないか確かめるように刀身を光に透かしている。

 その横顔にはもう、先ほどの冒険を愉しむ少年のような笑顔はない。


 思い詰めたような、あるいはこれから強敵に立ち向かうかのような緊張が浮かんでいた。


「……そろそろ、何が狙いなのか教えてくれても良いんじゃないですか?」

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