第208話 遭難その1

 マギカとの話が終わるとすぐに宿を引き払い、シトリーに挨拶をしてからイノハを旅立った。

 目指すは日那州国。だがそこに至るためにはまず船に乗らなければいけない。


 イノハを飛び出したアルトたちは東にある港町カンナに入り、定期船のチケットを購入。

 翌日の便に乗り込み、出港と相成った。



 そうして現在。

 アルトは見知らぬ島に佇んでいた。


 船に乗り込んだは良いが、途中嵐に遭って商船が沈没。

 船から投げ出されたアルトは暴れるマギカと叫ぶリオンを抱きながら、〈工作〉と魔術を駆使して嵐を脱出。

 そうして、無人島にたどり着いたのだった。


「船に乗って嵐に出逢い、無人島に流される。まさにテンプレね!」


 この状況をはしゃいでいるのはリオンだけ。

 アルトもマギカも、いち早く日那州国入りしてレベリングを開始したかったので落ち込んでいる。


 特にマギカの落ち込みようは酷い。

 カナヅチなのに海に落ちたせいで、だいぶ海水を飲み込んでしまったようだ。

 朝になっても青い顔のまま、じっとなにかに耐えるように1点だけを見つめている。


 こうしている間にも、刻々とリミットは迫ってきている。


 今は、対ガミジンのために鍛えていた時よりも、濃密な鍛練が必要だ。

 1秒も無駄には出来ない。


 こうしてはいられない。

 だが、どうしようもない。


「……はぁ」


 アルトがため息を漏らすと、アルトもだめかー、というようにマギカの尻尾がだらんと垂れ下がってしまった。

 尻尾と同じように彼女の耳も元気がない。

 なんとか立ち上がろうとしているのに、先っちょだけが力なく垂れ下がっている。


「2人とも、なんでそんなに暗いんだよ。折角無人島に来たんだから、もっと愉しもうぜ!」

「モブ男さんは元気ですねぇ」

「冬なのに、リオンの花畑は元気」

「辛気くさえなあ。ほら2人とも、開発しようぜ開発」

「……は?」


 開発? アルトは項垂れた首をなんとか持ち上げる。


「なんですか、開発って」

「無人島に流されたら、リゾートを作るってのが鉄板なんだよ!」

「一体どこの世界の鉄板なんですか……」

「誰の手も入ってない島をいじらない手はねぇ。ここは俺達らしく……いや! 勇者らしく開発すべきだな!! まずはそうだな、家を作ろうぜ!」


 彼がハイテンションなのはいつものことだが、今日はいつもより数倍鬱陶しい。

 リオンが悦に入って説明していると、隣のマギカのお腹が鳴った。


「……にく」

「うん、食料は大事だね」


 ひとまず動植物を探しつつ水源を確保しなければ、早々に干からびてしまう。



(まず、食糧問題を解決と)

(寝る場所はルゥにキャンプセットを吐き出してもらえばいいか)

(焚き火は……)


 現在は12月。冬まっただ中だがイノハと同様この島も温暖な気候なので、天幕1枚あれば凍死せずに済むはずだ。


「ということで、まずは食材確保に向かいましょう」

「なにが、ということなんだよ!? ほら師匠、冒険に行くぞ!!」

「えっちょ……モブ男さん!?」

「誰も足を踏み入れたことない森に潜む強力な魔物。それを倒し、古代のお宝を手にするのよ!!」

「僕は古代のお宝に興味は……ちょ……マギカ、助けて?」


 リオンにむんずと掴まれたアルトがぐいぐい引っ張られて森につれて行かれる。

 ここでマギカがガツンとリオンの頭をかち割――叩けば彼も止まるだろう。そう予測し助けを求める。

 だがマギカは眠たそうな目をアルトに向けて、手を振るのだった。


「お馬鹿のお守りは任せる」

「う――」


 裏切り者ぉぉぉぉ!!

 アルトの心の叫びは、マギカには決して届かなかった。




「おい師匠、あれサーベルタイガーじゃねぇか!? めっちゃ格好いい! ってこら噛みつくな! 俺は勇者、離れろ――えっ、ちょ、待って何だこの数? 聞いてないぞ!? ど、どうどう。話し合えば判る――噛むなって、いだ、いだい助けて師匠ぉぉぉぉ!!」


 サーベルタイガーっぽい生物に群がられたリオンを尻目に、アルトは辺りに〈気配察知〉を向ける。

 偶然リオンがサーベルタイガーっぽい生物を引き寄せてくれたおかげで、肉の問題は解決出来そうだ。


 ただ、その魔物の量が尋常じゃない。

 軽く〈気配察知〉しただけで、森に無数の魔物が生息していることがわかる。

 そのどれもが大凡キノトグリスの中層レベル。

 若干下層レベルも雑ざっているが、レベリングの相手として期待は出来ない。


 迷宮と違ってここの魔物は倒せば終わり。

 アルトが本気で狩れば生態系が崩れてしまうだろう。


 魔物は倒すべき相手だが、なにも考えずに全滅させると、タイガーが天敵となっていた害獣や害虫が増殖したりするかもしれないので、安易に手を下す訳にはいかない。


 タイガーの主食がゴキブリとかだったら、島が地獄になる。


「うおぉぉぉん!! 師匠の人でなし!!」


 リオンが泣き出してしまったので、仕方なくアルトはサーベルタイガーを殲滅する。

 彼は力や体力は無駄にあるのに、まだ1対複数の戦いには対応できないようだ。

 このあたりは彼にとって改善すべき大きな課題である。


 今後彼には、盾職としてさらなる高みに登ってもらいたい。

 決して、勇者ではなく……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る