第207話 次の目的地は?

 目の前にはどこまでも続く空と海。

 足下には白い砂浜。

 反対側には碧々とそびえ立つ山が見える。


 バカンスで訪れたのであればとても素晴らしい場所であろう。


「なんでこんな所にいるんだろう……」


 アルトは大海原を眺めながら、頭を抱えた。


 途方に暮れる数日前のことだ。

 宿の部屋に、マギカが現われた。


 久しぶりの再開に心が歓喜の声を上げるが、同時になんとも言えぬ緊張感が沸き上がる。


 ついに来てしまったか。


 彼女が来たということは、おそらくハンナのことでなにか進展があったのだろう。

 不安と緊張と、そこにほんの少しの期待が混じる。


「マギカ。ハンナは――」

「大丈夫」


 アルトが言い終えるより早くマギカは頷いた。

 たったそれだけで、胸を締め付ける力が弱まった。


「ハンナは、生きてる。神の力に守られてるから、誰もハンナを殺せない」

「神の力?」

「人間じゃ、手を出せない」


 人間の意思じゃハンナは殺せないと。


「ハンナがどこにいるかは判るんだよね?」

「ん」

「すぐに助けに行こう!」

「無理。善魔がいっぱい」


 マギカの言葉でアルトの体の芯がすぅっと冷えていく。


 善魔が立ち塞がるということは、ある神はハンナを殺したがっているということだ。

 逆に、ある神は彼女を守ってくれている。


 事態はもはや人間の手を離れ、神々の戦いにまで発展してしまっているということだ。


(でも、なんでハンナの命にここまで神が介入しているんだ……?)


 考えられる可能性は一つ。

 彼女が持つ、英雄に連なる称号のせいだ。


「……」

「慌てなくていい。最低で1年、最大で2年は神の力が持続する」

「えっ――」


 アルトは絶句する。

 1年から2年……。


 神々の戦いの中に突っ込んで行くのであれば、1年2年の特訓では全然足りない。

 最低でも、五年は欲しい。


 だが、状況はアルトを待ってくれない。


「……ハンナの居場所は?」

「セレネ皇国」


 そこまで掴めているということは、おそらくマギカも自分で対処しようと考えたはずだ。

 だが、出来なかった。


「……ひと聞くけど、マギカにとってハンナはどういう存在?」

「信じる神が使わした英雄。一番大事」


 その答えを聞いてほっとする。


 マギカにとってハンナが最も大切な相手であれば、アルトと同じだ。

 それならば今後、どのような道を歩んだところで、決して折れることがない。


 ただ、リオンは違う。

 彼は、勇者として強くなるためにアルトに付いて来ている。


 ハンナを助けに行くっとなると、これまでとは比べものにならないほど危険な目に遭うだろう。


(そこに、巻き込むわけにはいかないよな……)


 ふと、アルトは振り返る。

 部屋の片隅で、リオンが腕を組んでこちらを見ている。その瞳には力強い意思が灯っていた。


「リオンさ――」

「ストップ! 師匠、『着いてくんな』なんて、さみしいこと言うんじゃねえぞ? 俺の腹は元から決まってんだ」

「リオンさん……」

「俺も一緒に行くぜ!」

「あ、いえ、一体いつ僕の部屋に忍び込んだんですか?」

「俺は勇者だ、気にすんな」

「いやいやいや……」


 人の部屋に勝手に入るのはマナー違反である。

 まったく、いつどのタイミングで部屋に忍び込んだのやら。


「……危険な目に遭いますよ」

「勇者の道には危険がつきものだ。今更、危険が増えたところでたいしたことねぇよ」

「死ぬかもしれません」

「死なねえよ。だって、勇者の俺と、それに師匠がいるだろ。それによぉ――」


 リオンは決意を示す表情から一転してアルトを睨み付ける。


「ハンナは俺にとっても、大切な友達なんだよ」


 そう言われてしまうとアルトは手を上げるしかない。

 アルトもハンナは、大切な〝友達〟だ。

 大切な友達のために命を賭ける馬鹿な奴に、馬鹿が返す言葉などないのだ。


「……わかりました。じゃあ目標を定めましょう」

「2年でハンナを取り戻す力を身につけるんだな?」

「ええ。ただ、出来ればこの先1年を目処にレベルを99まで引き上げます」

「1年!? アンタ馬鹿!? 1年なんて無理だよ無理!!」


 アルトに散々鍛えられたからか、1年でレベル99がどれほど無茶なことか、リオンにも理解出来るようだ。 


 アルトだって、無茶なことだとは思う。

 だが、次の相手は神、あるいは神の手先だ。


 無茶を通さなければ、同じ土俵に上がることさえ出来ない。


「どうやって、レベルを上げる?」


 興味深そうにマギカがアルトの瞳の奥を覗き込む。

 おそらく彼女は、アルトの知恵を借りに来たのだろう。


 何故アルトならば問題をクリアできると考えたのか、その理由は判らない。

 おそらくキノトグリスからユーフォニアに至るまでのあいだに、感じるところがあったのかもしれない。


 アルトからすればマギカの方が強くて、いろいろな知恵もあると思っているのだが……。


「これからすぐにでも日那州国に向かいます」

「日那州国って、日本ぽいところだよな?」

「にほん……?」


 リオンの口から、わからない単語が飛び出した。

 おそらく、彼が前に生きていた世界にある、国の名前だろうことはわかる。


「にほん、がどういうところか知りませんが、たぶん合ってます。たぶん」

「んで、その日那州国に行ってどうすんだ?」

「そこにある、フォルテルニア最悪の迷宮でレベリングします」

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