第69話 正義との遭遇
「そこの男。喧嘩がギルドの華とはいえ、少々度が過ぎますわよ」
「なんだ、おまえは」
「わたくしは、シトリー・ジャスティスですわ」
「だからなんだよ。こっちの話に口だしすんなっての」
「あなたが名前を聞いたから答えましたのに。ほんと、冒険者は野蛮ですわね」
「んだとこの――」
「ちょ、待った! モブ男さん、待ってください!」
つかみかかりそうだったリオンを寸前の所で押しとどめる。
この女性に喧嘩を売るのは最悪だ。
「なにすんだよ師匠。この縦ロールが邪魔を――」
「モブ男さん、お願いします。少し落ち着いて、冷静になってください」
背中に浮かんだ汗が冷たい。
シトリーの登場から、アルトは生きた心地がしなかった。
彼女は――シトリー・ジャスティスは、ガミジンと同じ。
ユーフォニア12将の一人だ。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
買取りカウンターの受付にドラゴンの魔石を渡し、アルトは査定の完了を待つ。
たった一つの魔石の査定に、なんと1時間近くも待たされてしまった。
当然ながら、その1時間を無駄に過ごすはずがない。
周りに不審がられようと、マギカとリオンに白い目で見られようと、アルトは査定室の中で《魔力操作》、《身体操作》、《気配探知》、《危機察知》、〈グレイブ〉、〈ハック〉……。
様々なスキルの熟練度をひたすら上げ続けた。
「大変申し訳ありません。このような魔石は王都でお目にかかれませんので、満足の行く査定が行えませんでした。
一応、金貨15枚と価格を付けさせて頂きましたが、キノトグリスのギルドの方が、より正当な見積もりが出せると思います。いかがいたしますか?」
やや買い取り価格が低いが、いきなり子どもの頭ほどもある魔石を出されたのだ。
買い取っても、どれほどの値段で商店に卸せるかわからない。
高額買取りをした後で、その価格通り捌けなかったら赤字である。
だからギルド側は『最低でもこれくらいでは売れるよね?』という、赤字が出ないだろう値段を付けるしかない。
「金貨15枚で結構ですよ。宮廷学校の入学に合わせて販売に来ましたので、残念ながら、キノトグリスへは赴く予定がないんです」
アルトはそう答えて微笑んだ。
すると、突然受付嬢が顔色を変え、再び奥へと戻っていった。
「あいつ、突然どうしたんだ?」
「僕の言葉で焦ったんでしょうね。宮廷学校に入るためにお金を作るのは、偶然にも貴族によくあるお話です。もし貴族相手に安い見積もりで魔石を買い取ったら、後々禍根を残すことになりかねません。ですから、それも含めて上司に再度査定(そうだん)しに行ったんでしょう」
「うわぁ……詐欺じゃねぇかそれ」
「いいえ。僕は偶々貴族と同じような理由で魔石を販売しただけです。嘘は一つも吐いてませんよ。彼女が勝手に誤解しただけです」
実際、アルトは自分が貴族の御曹司だとは一言も言っていない。
ただ、宮廷学校に入学する人の中に、お金作りに奔走する貴族がいるという情報を利用しただけだ。
アルトの目論見通り、先ほどよりも価格が上がり金貨20枚となった。
キノトグリスでの買取り価格とほぼ同等だ。アルトは鑑定書にサインをして金貨を受け取った。
その金貨をそれぞれ3人で分配する。
一人6枚。残る2枚をルゥに渡した。彼も今回の功労者の一人だ。
服飾店に立ち寄り制服の代金を支払ってから宿に戻る。
自分の部屋に戻ってきたアルトは、まず風呂に入って体の汚れを落とした。
たった4日ちょっとの旅だったのに、ずいぶんと体が汚れていた。
ドラゴンと戦っているあいだ、土埃が相当舞い上がっていたせいだ。
攻撃のすべてがリオンに向かっていたので安全だったが、戦闘そのものは苛烈だったようだ。
その痕跡が泥となって排水溝に渦を巻く。
体を洗いながら、アルトはギルドでの出来事を思い出す。
「どうして、シトリーさんは僕らに肩入れをしたんだろう……」
ユーフォニア12将が一人、細剣のシトリー・ジャスティス。
前世でアルトは、痛い目に遭わされた。
彼女とは、戦いにすらならなかった。
逃げるので精一杯だった。
戦った時のアルトのレベルは50だった。
その頃より、今はレベルが28も高い。
だが、今戦ってもアルトは確実に負ける。
むしろ前世よりも、惨敗するに違いない。
彼女が持つ能力は、現在のアルトと相性が悪すぎるのだ。
その彼女が、どういう風の吹き回しか、アルトたちに肩入れをしたのだ。
『ドラゴンを倒したというのであれば、証があるはずですわ。その証を出してくださいまし』
彼女はアルトに、ドラゴンの素材を見せるよう要求した。
その要求に従って、アルトはドラゴンの爪や牙をシトリーに渡した。
『ふむ、間違いなく、ドラゴンの爪と牙ですわね』
『それも、ここ数日のうちに倒されたドラゴンの素材ですわ』
『その証拠に、ほら。髄液がまだ瑞々しい』
『彼らは間違いなく、ドラゴンを討伐したようですわね』
『これだけの証拠があるのに、まだ首を縦に振らないんですの?』
『ここで意地を張っても、フォルテミス神が哀しむだけですわよ』
シトリーが保証したおかげで、ドラゴン討伐の実績がギルドに認定された。
いままでリオンの言葉を散々否定し続けた受付嬢だったが、シトリーの言葉だけは否定しなかった。
ユーフォニア12将の肩書きには、それだけの力があるのだ。
報酬の金貨10枚を受け取りほくほく顔のリオンを尻目に、シトリーがアルトに歩み寄った。
『若くしてドラゴンスレイヤーになるとは、将来が楽しみですわね』
そう言って、彼女はアルトに口を寄せた。
他愛の無い一言だ。
しかしこれを聞いて、アルトは体の震えを堪えるので精一杯だった。
「もしかしたら、シトリーさんに僕の作戦が気付かれているんじゃ……」
マギカではなく、リオンでもない。最も年齢が低いアルトにシトリーが語りかけた理由がわからない。
なにか、(アルトの思惑に)感づいたと考えるのが自然である。
熱いシャワーを浴びているというのに、アルトの体はちっとも温まらない。
「いまのままだと、ガミジンと戦う前に、シトリーさんに止められるかも……。でも、いまさら作戦を大幅に変更するわけには……」
アルトは十数年かけて、作戦を練ってきた。
既に作戦の一部は実行されている。
スキルの熟練度も、作戦を実行するためだけに取捨選択した。
ここで大幅に方向転換しても、新たな作戦を練る時間が足りない。
熟練を上げる時間が足りない。
どう足掻いても、付け焼き刃の作戦になってしまう。
(大丈夫。このままでも、大丈夫……)
体の震えが収まるまで、何度もそう自分に言い聞かせるのだった。
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