第68話 受付を泣かせちゃいけません!

「…………う!?」

「――!?」

「お――!?」


 まるで滝を登る金魚のように、それは地上へと舞い戻ってきた。


「「「おえぇぇぇぇぇぇ!!」」」


 3人が同時に、ドラゴンステーキをリバースした。


「く……こんなはずじゃ……おぇ!」


 嘔吐きに苦しみながらも、アルトはスキルボードを確認する。

 ステータスやスキルに変化はない。毒や麻痺にかかったわけではないようだ。


 突然吐き出したのは、肉そのものにある魔力が極端に高いからなのか、あるいはそもそも人間にとって消化・吸収できない物質なのか……。


(……まさかこんなにおいしい食べ物が消化できないとは!)


 おいしいものは毒がある。

 良い教訓となった……。


「おえ……あ、あれ、戻してるのに……気持ち……悪くない? むしろ……おいし……気持ち良い??」

「ダメですモブ男さん! その扉を開いてはいけない!!」


 人間が反芻咀嚼をしてはいけない。

 慌ててリオンの背中をばしばしと叩く。


 恍惚としたリオンの表情が、通常のものへと戻っていく。


(……よかった。扉が開く前に助けられて)


 3人がぐったりしている中、一人元気なルゥはアルトの肩に乗って頬をぺしぺしと叩く。

 みてみて!


「ん? なにかあったの?」


 アルトが意識を向けると同時に、ルゥの体から巨大な魔石が飛び出した。

 それを危ういところで受け止める。

 ずしりと重いそれは、ドラゴンの魔石だ。

 熱系魔術の要素なのか、赤い色が魔石の中央で揺らめいている。


「その魔石、どう考えてもルゥの体より大きいけど、どうやって取り出したんだ!?」


 どうやらリオンも気づいてしまったようだ。

 アルトは神妙な面持ちで答える。


「それが、さっぱりわからないんですよ」

「ちゃんと調べなくていいのか?」

「それが赦されるなら、僕はまずモブ男さんの頭の中を調べますね」


 頭の中になにが詰まっているのかが気になる。

 ……すべて頭蓋骨だったりして。


「なにか失礼なこと考えてない? まあ良いや。言いたいことはわかったから」

「それはなによりです」


 おかしい点があるからってその都度調べていたら、仲間としてやっていけない。


 あるがままを受け入れる。

 それが、共に生きる上で最も大切なことなのだ。


「けど、もしもだ。もしルゥが吸収しないでそのまま物を持てるとしたら……」

「…………それは。いや、でも、まさか……」


 考えたこともなかった。

 いままでは単に、魔石は吸収できないだけだと納得していた。

 だがもし違うとしたら?


「ルゥ、お願いがあるんだけど」

「ぷるぷる?(なになに? なんでもいってー」


 ルゥはゆらゆら体を揺らす。


「あそこにあるドラゴンの素材なんだけど、後で全部取り出せるように取り込むことはできる?」


 まるで『お安い御用だよ!』と言う様にぴょんと飛び上がり、鱗から牙から皮から、すべての素材を体に取り込んでいく。

 ルゥが素材をすべて取り込むまでにそう時間はかからなかった。


 すべてを取り込んでも、ルゥの体積は変らない。


「…………あるじゃん。インベントリ」

「…………」


 キノトグリスのダンジョンでは、手に持てる道具を選び抜き、厳選し、悩んだ末に鞄に詰め込んでいた。

 そのすべての努力がいまこの瞬間、木っ端微塵に砕け散った。


「今までの苦労は、何だったんだ……」


 アルトは膝を折り、力なく崩れ落ちたのだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 王都に戻ったアルトは、ギルドに赴きドラゴン討伐の成果を報告する。


「オークションで手に入れたアイテムですか? そういう冗談は酒場でどうぞ」


 鱗や牙を見せても、頑として受付嬢は信じなかった。


 それも当然で、ドラゴンの討伐は国が全力を挙げて行うものなのだ。

 たった3人の冒険者が倒せるものではない。

 たとえそのドラゴンが劣等種だったとしても、だ。


「だぁかぁらぁ! ドラゴン討伐の依頼を達成したって言ってるだろ! そのドラゴンを、俺達が倒したんだよ。色は赤で、火を噴いた。きちんと依頼通りだろ。なにが問題なんだよ!?」

「はぁ。そんなことが出来るはずないじゃないですか。ドラゴンがどれほど強いかご存じないからそんな嘘がつけるんです」


「ドラゴンの強さは知ってるぜ。だって直接戦ったんだからな!」

「でしたら、ドラゴンが倒せないことくらいわかりますよね?」


「それを倒したっつってんだろ! 俺たち三人はドラゴンより強かったんだよ!」

「冗談は結構です」

「冗談なんかじゃねぇよ! なんならステータスを1から10まで教えてやってもいいんだぜ!?」


 彼がまくし立てているせいで、受付嬢が涙目になってきた。

 アルトはヒートアップするリオンの首根っこを掴んでカウンターから引き離す。


「なにすんだよ!?」

「あのままだと受付嬢を泣かせちゃうじゃないですか」


「俺たちがやったことを信じないなら、泣こうが喚こうが関係ないだろ」

「あんまり派手に動くと、キノトグリスの二の舞になりますよ?」

「うっ……」


 たとえば『ステータスが平均1万あって、熟練も60以上あった。だからドラゴンを倒せたんだ』。

 そんな話をしたって、まず他の人はステータスを知らない。


 ステータスは、スキルボードという希有なスキルがあって初めて見られるものだ。

 能力を詳らかにしたところで無駄である。


 なんでわからないんだ!? なんで伝わらないんだ!!

 そう憤る気持ちは、アルトにも良くわかる。


 前世のアルトがそうだったから。


 どうやっても信じて貰えないのは、神が決めた運命にない行動を取ったからだ。

 ドラゴンを倒す運命にない者がドラゴンを倒した場合、人の意識に強力な認識阻害が働く。


 神の定めから外れた者は、神にとって邪魔な人間なのだ。

 いずれは人の輪から弾かれて、歴史の闇に葬られる。


 これは、フォルテルニアに住まう、すべての人に欠けられた神の〝魔法〟だ。

 そう簡単には解けるものではない。


 アルトがリオンを諦めさせようとしていたその時だった。


「一体なんの騒ぎですの?」


 美しい金髪を靡かせながら、一人の女性がギルドカウンターに近づいて来た。

 その姿を見たアルトがぎょっとした。


(この人は――ッ!)

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