第67話 ドラゴンステーキ
きなこもちのようになったリオンは放っておいて、アルトはポンと手を叩いた。
「さて、目標を達成しましたし、解体して帰りましょうか」
「えっ、解体すんのか? どうせなら、そのまま持って帰ろうぜ」
「いや、そんなことしたら大騒ぎになりますから」
「だろ? 最高に盛り上がるだろ!?」
「え、いや……」
「倒したドラゴンを担いで王都に帰還した俺たちに、多くの民衆からの尊敬のまなざしが向けられる。まさに救国の勇者って感じじゃないか!」
いや、向けられるのは不安の眼差しだ。
死んでいるとはいえ、ドラゴンの遺体なんてそのまま連れ帰ろうものなら、衛兵が大慌てですっ飛んでくるだろう。
その後の事情聴取に、時間を潰される未来が目に見える。
「まず、このまま持って返るのは却下です。あの巨体をどう持ち帰るつもりですか? そもそも、遺体をそのまま持ち帰ると伝染病が発生するかもしれません。それでなくとも腐敗しますし」
「インベントリとかないのか?」
「なんですかそれは?」
「こう、目に見えない空間に、アイテムを無限に収納出来るスキルよ」
「そんなスキル、あればいいですねえ……」
夢物語のようなスキルだ。
無限収納スキルには憧れるが、人の理を外れている。
人間が持って良いものではない。
ドラゴンの素材はすべてが使える。棄てるところは何一つない。
一部だろうと、捨てていくのはもったいないとい。
しかし無限収納スキルが無い以上、持ち帰る労力は計り知れないし、無理して持ち帰ったとしても、その間に腐敗して病気をばらまく可能性がある。
どのみちすべてを持ち帰ったところで、アルト達ではまともに売ることも出来ない。
貴族や有力商人の後ろ盾がない冒険者が、ドラゴンのような高額素材など持とうものなら、目を付けた商人達にいいように利用されるだけなのだ。
「はあ、仕方ない……。解体を許可しよう」
「はいはい。折角ですので腐らない部位はできるだけ持ち帰ろうと思います。みなさんは、欲しい生の部位はありますか?」
「えっ、生?」
「はい、生です」
途端にリオンの顔が真っ青になる。
昨日のボアを思い出したようだ。
「血や目玉、内臓は回復薬などの素材になりますし、肉はステーキとして食べたら美味しそうですよね。心臓は5年ほど寝かせると蘇生薬になります。といっても、かなり条件が厳しい蘇生薬ですけどね……」
前世でアルトは、真っ先にこの蘇生薬の情報にたどり着いた。
だが、ハンナを蘇らせるには至らなかった。
何故ならこの蘇生薬は、人間以外にしか効果がないからだ。
『これでハンナが生き返る』と持ち上がった気持ちが、一気に底へと落下した。その当時の落胆を思い出し、アルトは奥歯を強く噛んだ。
「しんぞ……ごねん…………」
「モブ男さんは、生の素材は必要なさそうですね。マギカはどう?」
一応マギカにも聞いてみるが、彼女も生に興味は無さそうだ。
生は棄てる方向で一致したので、アルトは迷わず解体作業を進めた。
鱗を丁寧に剥がし、皮を力任せに剥がしていく。残念ながら血抜きをせずに放置してしまったため、肉がやや傷んでしまっていた。
皮を剥ぎ取る作業をしている間に、リオンが白目を剥いて失神した。
あらゆる耐性はあるのに、何故かグロ耐性だけがない。
(自分が悲惨な目にあったトラウマでも呼び起こされるのかな?)
失神したリオンを放置して作業を進める。
全長約10mもの巨体を解体するのに、アルトはまる一日もかかってしまった。
初めは皮を傷つけたり骨を折ってしまったり、かなり苦戦した。
しかし徐々に作業が上手くいくようになった。
難しい解体作業に、熟練度がもりもり上がったためだ。
腐らない素材は、生素材の3割ほどの分量になった。
残る7割の生素材を前に、ルゥがぷるんぷるんと自己主張をし始めた。
「ん? ルゥ、食べたいの?」
うんうん、と頭を振る。
ルゥのおおよそ万倍はあろうかという体積だが、何故かルゥなら平気な気がしてくる。それは一度、プラントオーガを飲み込んでいるからか。
アルトが見守る中、ルゥが体を膨らませて、生ドラゴンを飲み込んだ。
すべてが収まると、少しずつルゥが縮んでいく。
初めは薄く見えていたドラゴンが、徐々に丸みを帯びていき、ある時点からその姿がルゥの中に消えてしまった。
ルゥが食事をしている間、アルトはそれを眺めながらわずかに切りだしたドラゴンの肉を調理する。
味付けはシンプルに塩と香草を用いる。
「……と、食事の前に」
アルトは〈水魔術〉をリオンに放つ。
「わっぷ! なにすんだよ!?」
「モブ男さん、さすがにその姿は不潔ですよ」
「……うぐ」
アルトに指摘されてようやく自分の汚れに思いが至ったようだ。
されるがままに水を浴び、体の汚れを落としてから熱風を受けて体を乾かした。
「よし、これで準備完了」
味付けをした肉を、焚き火の上で炙る。
良い香りが漂ってくると、自然とアルトの周りに腹ぺこ2人衆+1匹が集ってくる。
早く食べさせてよ! とごねる腹の虫を宥めている間に、ドラゴンステーキは完成した。
木を割っただけの簡易テーブルに、直接肉を置いて切り分ける。
ナイフを入れたとたんに溢れる肉汁を見て、リオンが喉をゴクリと鳴らした。
200gくらいずつに切り分けて、それぞれマギカとリオン。それにルゥにもステーキを渡す。
「頂きます」
「ます!!」
「……」
アルトがステーキを口に入れる。
「――ッ!?」
舌の上に乗った瞬間に、脂の強烈な甘みを感じた。
一度噛むと、肉汁があふれ出した。
濃厚な肉の旨味が口の中いっぱいに広がる。
歯ごたえはあるのに、噛むとほろほろと解ける繊維。遅れてやってくる塩気。そして香草の香り。
「…………」
それは、この世で食べた中で、最もおいしい肉だった。
たった一口で、アルトのすべてが虜になった。そんな感覚に陥る。
無意識に肉を食べ進み、気がつくと涙がこぼれていた。
他の二人も同様の反応を示していた。
リオンはずっと「やばいやばい」と言い続け、マギカは雷の直撃を受けたみたいに耳としっぽの毛がずっと逆立っている。
ルゥはまるまるひと口でゴックン。
よほどおいしかったのだろう。体表面が波打っている。
食べ終えるまで、誰一人としてこの肉の味を口にしようとはしなかった。
食事を終えて、誰ともなく「ふぅ」と熱い息を吐き出した、直後のことだった――。
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