第70話 小さな祝勝会

 シャワーを出て、アルトはルゥを掬い上げる。


「ルゥ、預けておいたドラゴンの素材、出して欲しいんだけど」

「みょんみょん!(お安い御用だよ!)」


 アルトがお願いをすると、ルゥが少しずつドラゴン素材を排出した。


 運良く、最高峰の素材が手に入った。

 この素材を用いて、最高の武具製作を行う。


《工作》の熟練度からいって、成功よりも失敗の確率が高くなりそうである。

 しかし素材は潤沢にある。


「まあ、失敗してもいいや」


 軽い気持ちで、アルトは牙を《工作》する。

 久々に、《魔力操作》も《重魔術》も意識しない。

 訓練用に展開しているすべてのスキルを消し去って、《工作》だけに集中した。


 視野がぐっと狭まり、時間の感覚が停滞する。

 一秒が永遠に引き伸ばされる。

 それでも、まだ足りない。


(もっと……)

(もっと集中するんだ)


 手の中で徐々に変形する牙をコントロール。

 ほどよいサイズで停止する。


 力の込め方を変えて、徐々に密度を上げていく。


(もっと強く)

(限界まで圧縮させる!)


 一切のミスも許されない。絶妙な力加減で作業を進める。

 武器を作っていたアルトは、ほとんど一瞬の出来事のように思えた。


 意識が戻り、視野がぐっと広がる。


「――わっ!?」

「おっ、気付いたか」


 いつの間にか、部屋にリオンとマギカの姿があった。

 無防備だったアルトは、驚きのあまり体が僅かに飛び上がった。


「珍しいな。師匠が俺たちの気配に気付かないなんて。折角だから顔にマジックで悪戯書きしときゃよかった」

「やめてください。真剣に怒りますよ」

「おお怖い怖い。で、なにを作ってたんだ?」

「これです」


 アルトはまだ暖かい武器をリオンに差し出した。


「ドラゴンの牙から作った、短剣か。んー。素材は良いけど……」

「はっきり言って良いですよ。質は悪いって」

「いや、悪くないぜ? 品質はBか。元ギルド職員の俺が言うんだから間違いない」


 真剣な目つきのときのリオンは、普段とは違って恐るべき確度で物を言う。

 彼の鑑定だけは信用出来る。


「ただ、最高級の素材を使った割には、あんまり強くないな……」


 率直すぎてぐさっとくるが、言葉に衣着せぬのがリオンの良いところだ。

 念のため〈鑑定〉を行うも、リオンが言った通りの結果であった。


【商品名】龍牙の短剣 【種類】短剣

【ランク】☆5 【品質】B


「さすが元ギルド職員ですね。おそらくその鑑定で間違いありません。これが、僕が出来る武器製作の限界です」


 現時点の《工作》ではBランクまでが限界だった。

 もう少し熟練度が高ければ、Aランクにも達しただろう。


 むしろこれだけの素材を使っているのだ。

 Aランクにならなければ、プロの世界では失敗作だ。


(工作をもっと上げておくべきだったかなあ)

(でもそうすると、他の熟練上げがおろそかになってただろうし……)


 アルトは肩を下げる。


「はあ、師匠って馬鹿なの? 死ぬの?」


 いきなり酷い言われようだ。

 しかも、リオン(ばか)に馬鹿と言われた。

 アルトの心にかなりのダメージが入った。


「おまえ、いま何歳だよ。14歳? 15歳? そのくらいの年齢の子どもなんて、その辺で鼻水垂らしながら走り回ってるぜ?」

「いや、さすがに僕と同じくらいの子は、もっときちんとしてますって……」

「俺の評価はあくまで、職業玄人相手だよ。素人で、戦闘のついでに熟練を上げてる奴が――しかも子どもが作ったとなれば、全然意味合いは変わるだろ!」

「その通り。アルトは変態」


 珍しくマギカがリオンに援護射撃をした。


「そうだぜ? ドラゴンなんて高級素材を使って、失敗なしに1発で武器を作ったなんて、変態だよ変態。師匠は変態だ」

「あの、変態って呼ばれて傷つかないと思ってます?」


 こんなに変態って連呼されると、さすがにグサグサだ。


「このレベルの武器を作れる子どもなんて、どこを探してもいない。まずそれを自覚ししろっての」

「うんうん」

「はい……すみません」


 二人に責められて、アルトは正座しながら項垂れた。


 今世は、ガミジンを討伐するためだけに生きてきた。

 イメージするガミジンと比較すると、自分はまだまだだと思えてならない。


 だが、アルトのそれは比較対象が悪すぎる。


 ガミジンは、壮年期に最強へと至った。

 アルトのように、少年期のうちから最強だったわけではない。

 少年期のうちにガミジンを上回ろうとするから、自己評価がおかしくなる。


 しかし目指さなければ、何事も成し得ない。

 ガミジンを倒すために、必要な自己否定だった。


「それはそうと、折角用意してやったんだから、飲めよ」


 ほれ、とリオンがアルトにカップを突出した。

 中には牛乳が入っている。


「これは?」

「ドラゴン討伐お疲れさん会でもしようと思ってな。なんせ俺達、世界最強のドラゴンを討伐したんだぜ!? あのド・ラ・ゴ・ンを、だ! なのにギルドは一切認めてくれなかっただろ? あの縦ロールの女のおかげで報酬だけは出たけどよ。

 結局ギルドは俺達を1ミリも評価しなかった! なら、せめて俺たちだけでも、ぱぁっと祝わねぇとな!」

「クッキー」


 リオンが力説し、マギカが皿に載ったクッキーを差し出した。

 酒はない、豪華な食事もない。

 飲み物は牛乳と、食べ物がクッキーのみ。


(なのに、なんでだろう?)


 胸がジンとして、鼻がツンとする。

 きっとパレードを開いて高級な食事を囲んでおいしいお酒を飲んで、偉い人たちに褒めそやされたところで、こんな思いにはならない。


 アルトにはこれが、この上ないパーティだと思えた。

 最高のパーティだった。


「僭越ながら俺が乾杯の音頭を――」

「なんでモブ男さんなんですかねぇ?」

「ひっこめー」

「(プルプル)」


「だーうっさい! いいだろうがよ! 俺、勇者で賑やかし担当なんだから! オホン。ではまず、先日倒したドラゴンについて、誠に遺憾ながら、ギルドは俺たちの討伐を最後まで認定しなかった。本当にギルドはクソッタレだ!! この勇者の俺を追放するなんて言語道断だ!!」


「私怨じゃないですか」

「追放は自明の理」

「(プルプル)」


「うっさい! で、ギルドには認められなかったけど、ここにはドラゴンの素材がある。誰がなんと言おうと、俺達はドラゴンを倒したんだ。

 ギルドは認めなかった。きっと国王だって認めないだろうな。すげぇモンスターを討ち取ったのに、証拠があるのに、みんな、みんな現実から目を背けてる。


 ここは奴らにとって、都合の良い世界なんだ。大事件は起こらず、小さな事件に一喜一憂し、常識を大きく外れることなく、当たり前の日々が続いていく。そんな優しい世界なんだよ。


 けどな、それでも事実は動かない。俺達は、世界で最強と呼ばれたドラゴンを倒した。たとえそれが、劣等種だとしても、ドラゴンはドラゴンだ。

 その偉大な功績は――ここだ。みんなの、胸の中(ここ)にある。

 だから、胸を張ろうぜ! この功績を、他人の評価で曇らせないように。

 そして、祝おうぜ! この素晴らしい功績を、たった四人だけで噛みしめるんだ!!」


 リオンがゆっくりと杯を持ち上げる。


「それじゃあ――」

「「「かんぱーい!!」」」


 かしゃん、と牛乳の入ったマグカップが鳴らされた。


(こんな風にいつまでも、馬鹿みたいに笑っていられたらいいのに……)


 当然ながら、その願いは叶わない。

 なぜならアルトの人生は、もうすぐ終わるのだから……。



 ハンナの死まであと――4ヶ月。

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