第172話 対ドラゴン?戦

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 彼の口からは人間のものとは思えない声が漏れ出ていたが、ドラゴンは気にしていないようだ。

 ガジガジとリオンを噛みながら、『……あれ?こいつちょっとかみ応えありすぎ?』みたいな表情を浮かべる。


「――いい加減にしろっ!!」


 噛まれている間に腰から長剣を抜き放ったリオンが、ドラゴンの口の粘膜を斬りつけた。


「――――ッォォォォォオオオン!!」


 ドラゴンが咆吼を上げ、ぬちゃぬちゃしたリオンが排出される。

 当然のように、リオンは無事である。


 さすがはリオン。ヴァンパイア種は伊達じゃない。


 ドラゴンの足下に落下し、受け身を取って転がる。

 口の中が傷つけられたドラゴンは、怒りを露わにしてリオンに襲いかかった。


 ズゥーン、と地面が浮き上がるかのような衝撃と共に、リオンがドラゴンに踏み潰された。

 あれほどの巨体であれば、1トン2トンの衝撃は軽くあるだろう。

 攻撃の凶悪さに、シトリーは眦を決して動きを止めている。


 だが、アルトは平然と成り行きを見守った。


 ここは迷宮と違って地面が柔らかい。

 あの程度の攻撃なら、リオンは大丈夫だ。


 アルトとシトリーが見守るなか、ドラゴンが突如体を震わせてその場を飛び退いた。


 地面から突き出た輝く長剣が、ドラゴンの血に濡れている。

 アルトの予測通り、リオンは生きていた。

 それもただでは起き上がらない。踏み潰されても足掻き、ドラゴンの足に長剣を差し込んだのだ。


「……勇者を、舐めんなよ!」


 リオンの意気込みにドラゴンが僅かに後退する。


「すごい。さすがだ!」


 その姿を見て、アルトは感動に目を潤ませた。


 顎が厳ついドラゴンに噛みつかれ、さらに踏み潰されたのに、鎧に傷ひとつ入っていないのだ!

 さすがはドラゴンの鎧。素晴らしい防御力だ!!


「一体なにに関心してるか知りませんけれど、戦ってくださいませんこと?」


 シトリーにジト目を向けられるが、しかしアルトは動こうとはしない。

 視線の先では、現在もリオンが鋭意奮闘している。

 さすがはリオン。吸引力の変わらないただひとつの勇者である。


「すごい、すごいぞ師匠! この剣すっぱすっぱ切れる!」


 どうやらリオンの攻撃でも、ドラゴンに問題なく当てられるようだ。

 ただ、その傷はかなり浅いが。


「あのドラゴン、海の中にいたんですよね?」

「そうですわね」

「威圧感はありますけど、丘の上だと能力が落ちるみたいですね」


 ドラゴンを目にしても、ガミジンや善魔、ユーフォニアで出合ったレッサードラゴンで感じたあの、体が束縛されるような恐怖を一切感じない。


 それはおそらく、水棲の魔物が陸上に上がり能力が著しく減衰したからだ。


(だからしばらくリオンさんの戦闘を黙って見守ってても大丈夫かなと思ったんだけど)


 シトリーの視線がまるで、人殺しだのろくでなしだのと、なじるようなものに変わってしまった。


「早く倒しませんこと?」

「いや、それはしません。出来ればお引き取り願いましょう」

「何故ですの!?」

「何故って言われても……。ドラゴンの素材はもう要りませんし、食べるとおいしいですけど、吐きますしね」


 それに、ドラゴンを倒すことで生態系が崩れる可能性がある。

 生態系の頂点であるドラゴンは、破格の個体性能を誇る。おそらく、単独かつ肉体性能のみで戦って勝てる魔物は他にはいない。


 ただ、頂点であるが故に繁殖力が低く、母数が少ない。そのため、1匹倒した場合の影響が計り知れない。


 アルトがユーフォニアのドラゴンを倒したせいで、アヌトリアでワイバーンが増殖した。

 ここでも似たような変化が起こらないとは限らない。


「大物を釣り上げたお2人には申し訳ありませんが、ドラゴンにはお引き取り願いましょう」


 そう言うと、アルトは前に手をかざしてマナを射出した。


 いままさにリオンを飲み込もうと口を開けたドラゴンが、純粋なマナの波動に頭を揺らされ昏倒した。


 その隙に、《土魔術》でドラゴンの足下をつるつるにし、《ハック》を設置。

 ドラゴンが足を踏ん張った瞬間、アルトは罠を発動した。


「――!?」


 後ろに動く体に、ドラゴンが目を見開いた。

 目の前に餌がいるのにどんどん後ろへと体が流れていく。

 それが屈辱なのかそれとも後ろに引く恐怖なのか。ドラゴンは目を血走らせながら前に足を進める。

 けれど足下が滑るので前に進まない。


 ドラゴンを後ろに送り出すアルトは、額に汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべる。


(ドラゴンが、重すぎる!)


 床の滑り具合は維持できるが、その重さ故床そのものが歪んでしまう。そうすると、折角滑るようにしていても、僅かな歪みを乗り越えるためのエネルギーが余分にかかってしまう。


 さらにその重量を動かす《ハック》の力もかなり必要だった。

 もし《ハック》のレベルを上げていなければ、すぐに突破されていたに違いない。


 初めは後ろに流されていたドラゴンが、みるみる抵抗を強めていく。


(まずい。このままだと乗り越えられる)


「……仕方ない」


《ハック》はそのままに、アルトはドラゴンの頭めがけて飛び上がった。

 その姿に、ドラゴンもすぐに気がついた。

 アルトを飲み込もうと頭を上げて口を開く。


 このままでは口の中に落下する。

 その前に、アルトは《ハック》で空中移動。

 口を避けて、ドラゴンの頭に降り立った。


「ごめんね。少し痛いけど我慢してね」

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