第173話 雄か雌か……

「ごめんね。少し痛いけど我慢してね」


 そう言って、アルトは《重魔術》を展開した。


 強さは10倍。ドラゴンがあっさり膝を屈する。

 これで身動きを封じた。


「あとはとどめ」


 ドラゴンが屈するほどの《重魔術》の中でも、アルトは身動きがとれる。

 抵抗スキルのおかげだ。


 頭の上でジャンプ。

 落下の勢いを利用して脳天に蹴りを見舞った。


《重魔術》で増幅されたアルトの全体重が、ドラゴンの頭を直撃。

 その衝撃はいかほどか。

 蹴りを加えた瞬間、並大抵の攻撃では歯が立たないドラゴンの頭が、僅かに歪んだほどだった。


「グギャァァ……」


 ドラゴンがひるんだ隙を見逃さず、《ハック》の威力を最大にする。

 先ほどとは打って変わって、ドラゴンはするすると地面の上を滑り、遠ざかっていった。



 哀れドラゴン。リオンに挑発されて陸地に上がり、悪いことをしたわけでもないのに攻撃され、海へと送り返されてしまったのだった。





 結局その後、アルトたちは海に釣りに行ったのだが、どこで釣ろうと誰が釣ろうと、必ずドラゴンが現れる状態となってしまった。

 海魚達もドラゴンが怖いのか、アルトの魔術が届く範囲には一切、小魚さえいなくなってしまった。


 仕方ないので森の中に入っても、動物一匹いやしない。

 先ほど放たれたドラゴンの咆吼で、あらかたが逃げ出してしまったのだ。

 しばらくは魔物でさえ、この地を訪れないだろう。


「……師匠はなんで食材を買ってこなかったんだよ」

「動物や魚が簡単に取れると思ってたんですよ」

「見込みが甘いな」

「ええ、モブ男さんの吸引力を甘く見てました……」


 実際、以前にフィンリスに向かう道中で食材を切らしたが、口笛を吹いたら大量の狼が現れた。それを捌いて肉を食べた経験から、口笛さえあればなんとかなるだろうと思っていたのだ。


 しかし、甘かった。

 まさか魔物が1匹も現れないとは思ってもみなかった。

 しかも魔物が来ないからとリオンに存在力を高めさせると、海からドラゴンがやってくるのだ。


 一体このドラゴンはどれだけ執着心が強いんだ!


「今日の夕食はキャベツだな」

「キャベツだけですのね……」


 この事態を招いたリオンに責任を取らせ、秘蔵のキャベツをそれぞれ1玉ずつもらい受ける。

 みずみずしくて甘く、実においしい。

 何百年と生きてきたのにどうして料理が出来ないのかと思ったが、このキャベツがあれば確かに料理などしなくても良いと思えてくる。


 だが人間はキャベツだけで生きるに非ず。

 キャベツだけ生活は、ヴァンパイアだからこそ出来る所業であろう。


「ああ……お肉が食べたい」



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 翌日の早朝より移動をはじめ、海岸線を歩くアルト達の目の前にケツァム中立国の国境壁が見えてきた。


 アヌトリアの首都からケツァムの国境までの通常1週間かかる。だが森を突っ切り常に素早く移動した甲斐あって、たったの3日で到達することができた。


「全員、戦闘準備!!」


 国境壁に近づいたとき、物見櫓から大声が聞こえた。


 その剣呑とした声の響きに足を止める。

 通常、国境壁に近づいてもなにも言われない。


「なにかあったのかな?」


 物見櫓の兵士が、櫓に取り付けた鐘をカンカンと鳴らしている。

 国境壁に近づいただけで、これほど警戒されるのは、明らかに異常事態だ。


 まさか相手はもう、アルトが指名手配犯だということが判ったのだろうか?


「全員、弓構え!」

「ちょ、ちょっと待ってください! これは一体どういうことですか!?」

「馬鹿野郎!! のんきに足止めてんじゃねぇよ!」

「えっ?」

「『えっ』じゃねえ、後ろ後ろ!!」


 恐る恐る振り返ったアルトの目に、山のように大きな影が映り込んだ。


「……何故ここに」


 背後にいたのは、例のドラゴンだった。

 どうやらドラゴンは気配遮断能力と、忍び足スキルを用いてアルトらをつけてきたようだ。

 振り向くまで、その存在にアルトはまったく気づけなかった。


「キュルンキュルン♪」


 唖然とするアルトに、ドラゴンが頭を差し出した。

 まるで『あなたには絶対服従です』とでも言うような仕草だ。


 試しに頭を撫でてみると、ころころと喉を鳴らした。


「……一体何故?」

「危なく……ない? まさか、それは貴様が飼っているのか!?」

「違います」


 そもそもこれは、リオンが連れてきた魔物である。

 アルトはそれを追い払ったにすぎない。


「どうしてこんなことに……?」

「もしかしてだけどよ、師匠」

「なにかわかりましたか?」

「ああ。ドラゴンって、自分を屈服させる奴を繁殖相手に選ぶんじゃねぇか?」

「はっ?」


 そんな馬鹿な。アルトは首を振る。

 しかし思い返すと、遭遇一度目のそれ以降では、ドラゴンの雰囲気が少々異なっていた。


 一度目はリオンに対して怒っていたが、二度目以降は攻撃の意図がうかがえなかった。


 アルトはドラゴンを追い払うため、脳天に蹴りを加えた。

 その攻撃でドラゴンが昏倒。一度目の遭遇戦は無事、何事もなく終了した。


 しかしドラゴンは、自分を倒した相手に恋をしてしまった。

 その結果、アルトがどこへ行こうとも、後ろから着いてきたのだ。


 ――今の状況のように。


「僕を気に入るって、このドラゴン、雌なんですかね?」

「性別を聞くってことは、雌だったら娶るつもりなのか?」

「あ、いえ……」


 雄か雌かなど関係なかった。


「んで師匠、どうすんだよこれ」

「……どうしましょうか?」

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