第90話 王都へ帰還

 この周辺のゴブリンをあらかた狩り尽くしてしまったので、アルトは別の場所に移動して新しい魔物を見つけることにした。


 次に移動した先は劣等オークの生息地だったらしく、口笛を吹くとわらわらと猪頭が現れた。さすがにハンナのレベルだと辛い相手なので、アルトたちも参戦してオークを討伐する。

 一度目の討伐を終えたところでハンナがレベルアップ酔いにかかり、小休止へ。

 その後は1対1でオークに立ち向かわせ、頃合いを見て2匹、3匹と送り込んでいく。


 教養がしっかり身についているため、体の動かし方ややってはいけない行動などの飲み込みがどこぞの“なんちゃって勇者”よりも数段早い。

 2時間経つ頃には、オーク程度ならば3~4匹を相手にしてもまったく問題にならなくなってしまった。



【名前】ハンナ  【Lv】1→31

【天賦】英雄ノ卵 NEW 【存在力】☆☆☆☆



「「おおぉ……!」」

「……」


 ハンナのレベルを聞いて、アルトとリオンが声を上げた。

 彼女の希望を叶えるためアルトは全力を尽くした。だが、まさかこれほどレベルが上がるとは思ってもみなかった。


 よほど驚いたのか。

 アルトたちとは違い、マギカは電撃を食らったかのように直立して固まっている。


 レベルだけならば、キノトグリスの迷宮中層をソロで活動できる水準である。

 もちろん経験や熟練はまだまだ低い。安全を確保するのは難しいだろう。


 とはいえ、レベル1からたった2日で31だ。

 成果としては十分すぎる。


「どうですか? ボク、少しは強くなれましたか?」

「うん。想像以上だ」

「ほ、本当ですか?」


 疑うような目でアルトを見るけれど、その瞳には喜色が溢れている。


「もちろん」


 安心させるようにアルトはゆっくりと頷いた。


 レベルもそうだが、心もかなり強くなった。

 前回と比べれば、とんでもない躍進と言える。


「それじゃあ、一旦街に戻ろうか」


 さすがに公爵家の子どもが何日も家を留守にするのはまずい。

 既に手遅れのような気もするが、帰還は早ければ早いほど良いだろう。


 アルトは来たときよりも速度を上げて走る。

 そのアルトに、現在のハンナはついて来られる。

 ハンナを置いて行かないぎりぎりの速度を保ちながら、アルト達はユーフォニアに戻ったのだった。



>>【Pt】1→2



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 ユーフォニアに戻り魔石を販売し、ギルドから出たところでハンナがもじもじとしながら口を開いた。


「あの、アルトさん。ひとつお願いがあるんですが」

「うん。あ、分配? 魔石を販売したお金なら全部ハンナが持って行っていいよ」

「いいえ、そうじゃないんです! 魔石のお金は全部アルトさんが貰っていただいて結構ですから」

「いやそれはダメだよ。魔物を倒したのはほとんどハンナなんだから。ちゃんと受け取ってもらわないと」

「いえいえ――じゃなくて。お金のことなんてどうでも良いんです! ボクは一応公爵家の人間ですから、そこまでお金には困っていませんし」


「…………ッケ」


 ハンナの言葉を聞いたリオンが、うらぶれたような表情で舌打ちをした。


「ボクは、強くなれました…………よね?」


 ハンナの上目遣いに、アルトは目眩を覚えた。

 それは、反則だ。

 可愛らしいハンナの素振りに、心臓がどうにかなってしまいそうだ。


「う、うん。強くなったよ。たぶん、学校の同学年の誰よりもね」

「あ、アルトさんよりも?」

「いや…………」

「俺に比べると全然だぜ!」

「うん。まだまだ」


 例外が三人もいた。

(……ま、いっか)


「で? お願いって?」

「ボクの家に、来ていただいたいんです」

「……えっと」


 アルトとハンナは、今世では恋人同士ではない。

 また、アルトは貴族の家に招かれるような立場でもない。


 ただの農民が公爵家の敷居をまたげば、彼女の家人達や家族に余計な心配をさせてしまう可能性がある。


(そういえば、前世はハンナの家に行ったな……)


 ふと、アルトは前世での出来事を思い出した。


 前世でアルトは、ハンナに怪我を負わせてしまった。

 そのため、一度ハンナの屋敷に謝罪しに行った。

 そこでこっぴどく怒られて、二度とハンナに近寄るなと執事に厳命されてしまった。


 幸い、回復薬がきちんと効いて後遺症が無かったことと、必死にハンナが守ってくれたおかげで、罪人として囚われることも、宮廷学校を追い出されることもなかった。


 今世ではハンナに怪我を負わせていない。

 だから前世のように、怖い執事に怒られることはないはずだ。


(これは、避けられない運命なのかな?)


 アルトが公爵家の敷居をまたぐことは、神が定めた運命に組み込まれているのかもしれない。


「駄目……ですか?」

「いや、いいよ」


 王都をまる一日以上離れていたので、ハンナを連れ回した張本人として弁明しなければなるまい。

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