第89話 さらに上を目指して
気がつくと、日が茜色に染まるまでぶっ続けでゴブリンを狩り続けていた。
アルトが魔物寄せの手を止めたのは、夜が近づいたからではなく、ハンナが音を上げたからでもない。
お香を焚いても、ゴブリンが現れなくなったからだ。
「…………この辺りのゴブリン、いなくなっちゃった(てへっ」
「てへっ、じゃねえよこのど変態!! 初めてゴブリンと戦ったその日に、ゴブリンを根絶やしにするようなトレーニングをさせてんじゃねえよ!!」
「……鬼畜」
「(ぷるぷる)」
皆の視線が、一斉にアルトに突き刺さる。
「はぁ……はぁ……ふぅー……」
呼吸を整えていたハンナが、突然その場に倒れ込んだ。
ゴブリンが現れなくなったことで、集中の糸が切れたのか。
慌てて駆け寄ると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
僅かに表情が苦悶に歪んでいるのは、レベルアップ酔いか、はたまた体を動かしすぎた疲労によるものか。
異変は無さそうなので、今日の鍛錬はここで中断だ。
アルトとマギカ、リオンが焚き火を囲いながら、爆ぜる火と焼ける肉を見つめている。
「師匠は勘違いしてるみたいだが」
『それ俺のだからな。俺が育ててる肉だからな!』と言うように、リオンが肉を凝視しながら口を開いた。
「キノトグリスのギルドにゃ、1日1パーティで、平均どれくらいの魔石を持ち込むと思う?」
「んー、500くらいですか?」
「大体30だよ30!」
「あっ、そうなんですね」
「500とか師匠、馬鹿じゃないの!?」
「そ、そこまで言わなくても良いじゃないですか。大体、他のパーティのことなんて知らないし、興味も無かったんですから」
「はあ……。迷宮の魔物は、全部から魔石が取れるわけじゃないだろ? 大体倒した魔物の半分くらいから魔石が出れば良いところだろうな。それを30だから、1度の探索で魔物60体討伐くらいが平均値なんだよ」
「えっ、そんなに少ないんですか?」
「1度に1万近く魔石を持ち帰ることが、どんだけあり得ないことかわかるか?」
「…………いや」
「あ゛あ゛ん!?」
リオンに凄まれ、アルトは言葉を失った。
どうやらこの話に関しては、こちらの方が分が悪いようだ。
「キノトグリスの迷宮は、階層の移動で接敵することがありますよね。そういう場合はどうするんですか? 普通に、1階降りる度に敵に1回接触すると、50階に潜るまでに50匹は倒すことになると思うんですが」
「目的階に行くまでは、魔物除けのアイテムを装備するんだよ」
「へぇ、あれって、そういう目的で使うんですね」
アイテムの存在は知っていた。
だがアルトは、一般市民が都市間を移動するために使うものだとばかり思っていた。
「師匠は大抵のことは知ってるのに、なんで魔物除けの使い方を知らないんだよ?」
「魔物除けなんて使ったら、経験値効率が落ちるじゃないですか」
「ほんと、戦闘狂だな……」
「失礼な」
「魔物との戦闘は命のやりとりなんだぜ? どんなに屈強な冒険者といえど、なるべく魔物に出会わないにこしたことはな――ああああ! それ俺の肉ぅぅぅ!!」
リオンが縋るようにマギカに手を伸ばした。
自分が育ててきた肉がマギカに取られたのだ。
しかし、無慈悲なマギカはリオンの手を払いのけ、もきゅもきゅと肉を頬張った。
「ぐぬぬぬ。……食べ物の恨みは恐ろしいんだぜ」
「モブ男さんって肉好きでしたっけ?」
「いいや。好物はキャベツだ」
キャベツには拘りがあるようだ。
本日も自前の鞄からキャベツを取り出し、もしゃもしゃ口にしている。
その食べ方を見ていると、無性にキャベツがおいしそうに見えるから不思議だ。
(……あとで1枚もらおうかな)
「なら、別の肉を食べればいいじゃないですか」
「違うんだよ! これは俺が育てた肉なんだぜ? 自分で育てた肉を食べるのが、焼き肉の醍醐味だろ!」
「どれを食べても味は変らないですよ」
「全然違うわ! 市販の料理より、好きな人に作って貰った料理のほうがおいしいに決まってるだろ? そういうことだよ!!」
「力説してますけど、そういう経験が?」
「――それはともかく狩りの話だ!」
逃げた。
「普通は圧倒的格下の相手でない限りは、慎重に慎重を重ねて戦闘を行うもんだ。集中力だって限界があるんだ。どんなに多くたって、一日100匹討伐出来るかどうかだぜ? それを普通に1000匹2000匹狩るなんて、師匠のレベリングはおかしいんだよ」
「うーん」
「鉄砲を持ったからって、鹿を1000体倒すまたぎの人がいると思う?」
「……どういう意味ですかそれ」
「魔物狩りは、漁じゃないってことだよ」
「けど――」
「あ゛あ゛ん!?」
「…………いえ」
「――でもって、自分でやるならともかく、ハンナは戦闘初心者だ。次から次へと魔物が現れて、それを連続で倒させるなんて、普通にいじめだろ」
「うん。アルトは非情」
マギカにまで同意されてしまった。
アルトの味方は一人もいない。
アルトは『出来る時に、出来るだけやっておく』のが信条だ。
しかし、それに賛同してくれる人がいない以上、他人に自分の信条を、無条件に当てはめるのは間違っているのだ。
「じゃあ、この方法は辞めた方がいいかな?」
「それは……ハンナ次第だな」
焼けた肉を見つけたリオンが素早く串を引き抜き、キャベツを巻いて頬張った。
「ボクは、無理そうに見えますか?」
本人にその話を振ってみると、意外にもハンナは落胆したように眉を下げた。
「いや、でも、辛くない?」
「鍛錬は辛いものではないんですか?」
「まあ、そうだけど」
「いままでいろんな先生に、いろんな指導を受けてきました。けど、ここまで凄い指導を行った先生は一人としていませんでした。アルトさんの指導は、正直辛いです」
ほらね? とリオンがアルトに刺すような視線を向けた。
「いままでの先生にもこれほどじゃないですけど、厳しく指導してもらいました。でも、これほど成長が実感できる訓練は初めてで! 戦っている間にどんどん自分が強くなっていくのを実感できて、それが嬉しくて次、次って! 自分でも自分を抑えきれなくなったんです。あの、はしたなくて済みません」
まくし立てるように言葉を紡いだハンナが、頬を上気させて頭を下げる。
その様子を見たリオンが、まるで湖から現われた巨大生物を目の当たりにしたような表情になった。
「嘘、だろ……?」
「変態2号が生まれてしまった……」
(ちょっと待て。マギカまでなんでそんなに驚いているんだ)
二人の反応に、アルトは唇を尖らせた。
二人のことはともかく、今回の実践訓練の方針についてはハンナからも同意が得られた。
これでアルトは後ろめたいこと一つなく、ハンナの鍛錬に集中することができる。
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