第168話 劇薬……?

「む、ッキィィィ!」


 回転錐――シトリーの金髪がみょんみょんと縦に揺れる。


「で、この目の前の物体は?」

「飯」

「……はい?」

「だから飯だよ。俺たちが作った夕飯。ちなみに俺の方がいっぱい釣れたんだぜ。釣り対決はオレの勝利だ!」

「量より質。いくら小魚が何匹も釣れたからといって、大物に比べるとまさに雑魚。ふっ……、リオンさんにお似合いですわね。オーッホッホッホ!!」

「いけしゃあしゃあと。勝者は俺に決まってんだろ!!」

「いいえ、わたくしですわ!」


 ぐぎぎと角を突き合わせる2人を放置し、アルトは前に出された料理を眺める。

 1人1皿作ったのだろう。片方には大きな魚がデーンと乗せられ、もう片方には3匹の魚が盛り付けられている。


 前者がシトリーの料理で、後者がリオンのものだ。


 リオンのは、活け作りのつもりか。

 〆られていない3匹の魚がピチピチはねている。


 シトリーのは……分類不可能だ。大きな魚の本体がどんと皿に盛りつけられていて、皿に少しだけ水のようなものが入っている。

 魚は『もう、だめ』というようにクタっとしていて、息がない。


 これが、二人が作った夕食。


(これを食べろと?)


「ええと……まず、この料理を作られたのはシトリーさんですか?」


 アルトは分類不可能な方の皿を指さした。


「その通りですわ! それは宮廷でも食べたことのある煮物ですの。この湖には、キリミやヒラキと言った魚がおりませんでしたので、残念な見た目ですが、自信作ですわ!」

「キリミ……ヒラキ……」


 もしかしてこの女、切り身や開きが水の中を泳いでいるとでも思っているのだろうか?


「シトリーさん。ひとつお尋ねしますが、料理をしたことは?」

「ありませんわ!」

「なんで胸を張るんですか……」


 台所に立たないのは貴族のなかで、ある種のステータスなのだろうか。


「切り身や開きが、魚の種類でないことはご存じですか?」

「……なにをおっしゃっているんですの? キリミやヒラキは魚の種類ですわよ?」

「もしかしてシトリーさんはササミや手羽先、手羽元は鳥の種類だと思ってます?」

「ええ。当然の知識ですわよ?」


 ……だめだこの女。早くなんとかしないと。

 嫁になったら大変……いや、貴族だから別に料理はしないのか?


「ぶっはぁぁぁっはっは!! ほんと頭も胸も空っぽな女だな。手羽先や手羽元が生きて庭先を歩くって、本気で考えてんのか!? 馬鹿じゃねぇのぉ?」

「っふん。料理のリの字も知らない脳無し男には、料理の素材についての基礎知識すらありませんのね。可哀想に」

「なんだって!? オレのどこに基礎知識がないって言うんだよ!?」

「あなたが作ったものですが……ああいえ、あなたがお皿にのせただけのモノは、料理とは呼べませんわ。なんですのその、魚を置いただけのものは。火も通さないなんて。またワームを召喚して戯れるおつもりですの? オォォッホッホッホ!」

「生魚を食ったことのない味覚音痴のアンタは知らないんだろうがな、生魚の刺身は最高なんだよ」

「生魚を食すなんて、常識的にありえな――いえ、ごめんなさい。常識を修められないほど、あなたの脳は貧相でしたわね」

「……ペチャパイ」

「……勇者」


 ぼそっと呟いた後――。


「つつつ、ついに言ってはいけないことを言いましたわね!? 言いましたわねぇぇぇぇ!?」

「いま勇者を悪口みたいに言ったよな!? 許さねぇ、絶対に許さねぇからな!!」


 突如2人が互いに掴みかかった。

 絶壁だの脳タリンだの罵詈雑言をぶつけ合いながら、まるで頬肉をそぎ落としてやらんとばかりに頬を掴み引っ張り合う。


「ああ、仲が良いなぁ……」


 そんな現実から逃れるようにアルトは盛りつけられた料理と思しき謎物体に箸をつける。


 まずシトリーの方だが、身に箸を入れようとするがほぐれない。まったく火が通っていない。さすがに生では食えないので、軽く魔術で炙って火を通す。

 丁度良くほぐれるようになったところで、身を口に運ぶ。


「ダァ……」


 口に入れた途端、あまりの泥臭さに耐えきれずアルトは身を吐き出した。

 まるで排水溝の泥を口に含んだような気分だ。

 こうなると下に溜まった汁が恐怖である。


 ……だが、シトリーがわざわざ作ってくれた料理だ。

 意を決して入れて(いつでも吐く準備をして)口に含む。


 当然、アルトは汁をすべて吹き出した。

 慌てて鞄の中から水を取りだし、口をゆすぐ。


 やはりというべきか、泥の臭いしかしない。

 泥の臭いの後に、ものすごい塩辛さが口に広がる。そのまま飲めば高血圧で死んでしまいそうなほどである。

 味付けを、飽和水溶液作りかなにかと勘違いしているのか。


 あまりに味が危険だったため、アルトはステータスをチェックする。

 スキルボードには状態異常の項目はなかったが、


>>劇物耐性11/100 NEW


「お、おう……」


 危険なものを口にした証が、スキルにばっちり現われていた。


「ドラゴンの肉を食べても出現しなかったスキルが、一度で取得できて、さらに11まで上昇するなんて」


 なんて危険な汁なんだ……。

 結果として耐性を得られて得ではあるのだが、この事は黙っておくことにする。

 さすがに『キミの作った料理で劇物耐性が上がったよ!』なんて凄惨な台詞は、口が裂けても言えない。

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