第167話 釣り4
「なんで魚に足生えてんだよ……」
「えっ、何か変ですか?」
「普通生えてねぇだろ」
「え……?」
「んっ?」
魚に対する認識の違いを感じる。
もしかすると、リオンが元いた世界の魚と、姿形が異なっているのかもしれない。
アルトが糸を垂らすと、面白いように次から次へと魚が針に掛かる。
それは一重にここで釣りをする人があまりいないためだ。魚が餌に対して無警戒なのだ。
さらにアルトは《気配察知》で魚の気配を読んで、タイミングを合わせている。
おかげで魚が面白いように釣れる。
アルトが3人分の魚を釣り上げても、リオンはまだノーヒット。希に糸が引かれることがあったようだが、全部食い逃げされている。
ちなみにシトリーはぴくりとも竿が動かない。
「ムキー!! なんで簡単に食べられんだよ!? 少しは耐えろよ! 気合いかなんかで!!」
「ミミズになに無茶言ってるんですか」
「やっぱりワームを――」
「辞めてください」
「ぐぎぎぎぎ」
竿は引くのに当たりのないリオンが、子どものように地団駄を踏む。
「……なぜ、なにも反応がないのでしょうか」
その横で、シトリーが悲しげに肩を落とした。
さすがにすぐに気づくだろうと思っていたのだが、彼女はいまだに気づいていないようだ。
「あの、シトリーさん。餌をつけないと魚は釣れません……」
「え? ……そ、そうだったんですのね」
僅かに悔しげに顔を歪め、シトリーは水面から糸を引き上げた。
(いくら時間をかけてうまくいかないのは、やり方が正しくないから……なんだけど)
どうも彼女は、自分のやり方を疑うことを知らないようだ。
アルトは手早く川魚を捌き、塩を振りかけて枝で作った串を刺して焚き火で炙る。
皮がこんがり焼けて油が滴ってきたら食べ頃である。
出来上がった魚をリオン、シトリーとそれにルゥに渡して食す。
シトリーは真っ先に魚の足から豪快に食いついた。
それを見て顔を引きつらせたリオンが、おっかなびっくり足にかぶりつく。
「おいしいですわね」
「魚の足、なんでこんなに美味いんだよ……」
「(にょんにょん)」
やはり好きな人(ピノ)に、おいしいと言って貰えると作りがいがある。
肉が主食のルゥが、気に入ってくれたようでなによりだ。
食事をとり、1時間たっぷり休憩してから再び移動を開始する。
日が少し色づく頃、目の前に大きな湖が現れた。今日はここをキャンプ地とする。
地面に広げた防水防寒布に座り、アルトは自分の短剣を眺める。
ドワーフに武具を作ってもらったは良いが、まだ刻印をしていない。
せっかくエルフから刻印を学んだのに、無印のままにしておくのはもったいない。
アルトは早速、短剣に刻印を開始する。
鞘から抜くと、薄暗い中刀身がほのかに輝いているように見えた。
「……もしかして、若干魔術属性を帯びているのかな?」
試しにその辺りに落ちていた木を切ってみるが、切れ味があまりに良すぎてよくわからない。
切断面を見るが、特別な変化は見られない。どこからか妙な臭いを感じるが、切断面からではないようだ。
「元の素材がファイアドラゴンっぽかったから、熱魔術の性質があるかと思ったんだけど……」
もし熱魔術の性質を帯びていれば、切断面が焦げるなり熱を持つなりしていただろう。
しかし、枝にはそのような変化は見られなかった。
「さて、この短剣をどう強化すべきか……」
何の刻印を付与すべきか考えていると、突然頭の上で『スパァァァン!』と大きな音が鳴った。
「師匠。集中するのは良いけど、場所を弁えろよ」
「ん?」
音の正体は、リオンのハリセンだった。
彼がアルトの頭に、ハリセンを振り下ろしたのだ。
「ここは自宅じゃねぇ。魔物のいるフィールドだぜ。気を抜くんじゃねぇよ」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
たしかに、リオンの言う通りだ。
ここは街の中ではない。周りには魔物が存在していて、いつ襲われるとも限らないのだ。
近くにリオンとシトリーがいるからといって、いささか油断しすぎた。
(ここも、改善点だな)
長い平和な生活にどっぷり肩まで浸かっていたため、緊張感のスイッチがうまく入らないようだ。
短剣を鞘に収めると、目の前に謎の物体があることに気がついた。
先ほどから妙な臭いがしていると思っていたが……、
「なんですかこれは」
「飯だよ飯。どうだ、参ったか!?」
勇者の無謀さにはいつも参っているぞ?
「師匠がご飯を作ってくれないから、俺たちが勝手に作ったのよ」
「モブ男さん、たち?」
「そうですわよ。このような場所で野宿するのに、焚き火することも食事を作ることも天幕を裁てることもせず、麗しい女性を放っておくなど、礼儀知らずですわ」
シトリーの言葉で、リオンが辺りをきょろきょろと見回した。
「麗しい女性……誰?」
「わたくしですわ!」
「アンタ、女性だったんだ?」
「失礼な! 他になにがあるっていうんですの!?」
「五月蠅ぇよ絶壁回転錐。ここには魔物もいるんだから、静かにしろよ」
「む、ッキィィィ!」
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