第166話 釣り2

「つり、ですか?」


 シトリーが首をかしげた。どうやら釣りを知らないらしい。


「こうして糸を垂らして魚を釣るんですよ」

「本当に釣れるんですの?」

「ええ。やってみますか?」

「よろしいのですか?」

「師匠、オレもやる!」


 アルトは新たに2人分の竿を作り、プレゼントした。

 釣りに覚えがあるのだろう。リオンは即座に石を持ち上げて餌探しを開始。


「ふっふーん。ミミズくんはどこかなぁ。姿を隠したって、勇者からは逃れられないんだぜ~?」


 鼻歌交じりに石を撥ね除ける。

 リオンはさらに自身の3倍はあろうかという大岩を持ち上げ――。


「ちょっと待ってくださいモブ男さん。あなたは一体何を探してるんですか?」

「なにって、餌に決まってるだろ。ここは一つ勇者らしく、巨大な魚を釣り上げようと思ってな。そのためにまず、勇者らしい餌を見つけるんだよ!」

「なんですか勇者らしい餌って……」


(餌の勇者なら知ってるけど)


 勇者らしい餌など想像もできない。


 筋力にものを言わせ、リオンが大岩をごろんごろん転がしている。

 これはさすがに鬱陶しい。


「もっと静かに探してください。シトリーさんも、青い顔して指をさしてないでモブ男さんを止め……んん?」

「見ろよ師匠!! 最高の餌が――んあぁぁぁぁぁ!?」

「ちょ――!?」


 アルトの5倍はあるだろう巨大ワームが、リオンの足下から顔を出した。

 ねぐらが暴かれたからか、ワーム君がガチンガチンと歯を鳴らしながらリオンに噛みついた。


「…………はぁ」

「ちょ、師匠っ、見てないで助けろよ!!」

「いや、だって自業自得ですし」


 こればかりはリオンが悪い。

 温厚な(?)ワーム君が家を暴かれて怒るのも無理はない。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「…………はぁ」


 リオンの上半身が飲み込まれたところで、アルトはため息を吐き、ワームを短剣で切り裂いた。

 ワームはオークよりも強く、経験値が稼げる魔物だ。

 しかしアルトはこれを積極的に狩ろうとはまったく思わない。


 その理由は――、


「うにょろぼぐどろげがどぅば!!」


 体を真っ二つにしても生命力が強いため、しばらくその場でのたうち回るためだ。


 緑色の体液をまき散らしながらうねうねと動く様を見続けるのは、いろんな魔物を倒してきたアルトでもゾっとしてしまう。

 しかも巨大な体が激しく動き続けるため、下手をすれば巻き込まれて大けがを負いかねない。


 ただでは死なない。

 ワームは、その言葉を体現したような魔物だった。


 念のために、アルトは《風刃(ウインドスラッシュ)》で体をさらに細かく切り刻んでおいた。


「あばばばばばば!!」


 哀れリオン。

 ワーム君の生命力が尽きるまで、口に咥えられたまま上下左右に振り回されるのだった。


「なんでもっと早く助けてくれなかったんだよ!? ちょっと酷くねぇか!?」


 動きを止めたワームの口から、ねちょねちょ這い出してきたリオンが、緑色の体液をまき散らしながらアルトをがなり立てる。


「ちょ、モブ男さん落ち着いてください。変な汁が飛びますから!!」


 慌ててアルトはリオンに〈水魔術〉を放出し、そのねちょねちょをすべて洗い流した。


「せっかく大物をゲットできたのに、どうして殺しちゃうんだよ」

「そりゃ、殺さないとモブ男さんが大変なことに――」

「あ、これ餌になるかな?」

「……ただでは起きませんね」


 そもそもどうやって針に付けるのだろう。

 小さい部分でも2、3mはある。そんなものを小川に投げ込めば小魚が驚いて逃げてしまう。


 それに少しも沈まぬうちに川底に接触し、体半分以上を小川から露出させるだろう。


 ちなみに細かく刻まれたワーム君はルゥが頂いた。

 ワームの味が相当お気に召さなかったのだろう。口をもごもごさせて「プッ!」とリオンめがけて魔石を飛ばした。


「あんぎゃぁぁぁ! なんか刺さったぁぁぁ!!」


 吐き出した魔石は見事、リオンの額に突き刺さった。


 ルゥが怒りを表したなど初めてではないだろうか?

 おまけに、いまの魔石の射出は間違いない、〈射撃〉だ。


(まさか〈射撃〉を覚えるなんて!)


 ルゥも成長してるんだなぁ。

 子の成長を喜ぶ親のように、アルトはルゥを慈しみながらなで回した。


 さすがにワーム君との対決に懲りたのだろう。

 リオンはしぶしぶ、普通のミミズ君を探し出し川面に糸を垂らした。


 心得のないシトリーは先ほどから川面に糸を垂らしているけれど、竿がピクリとも動かない。

 それもそのはず。彼女の針の先に餌は付いていないのだ。


 指摘するかどうか迷っているあいだに、アルトの竿にヒット。小さな川魚を1匹釣り上げた。


「本当に釣れますのね」


 まるで手品でも見たかのように、シトリーは目を輝かせた。


「さすが師匠――ってなんだそれ、魔物か?」

「魚ですけど?」


 アルトが釣り上げた魚を見て、リオンが顔を引きつらせた。


「なんで魚に足生えてんだよ……」

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