第64話 対ドラゴン戦1

「モブ男さんは前に出て、ドラゴンを引き付けてください。マギカは速度で翻弄しながら散発的に攻撃。ダメージが通らなくても、気にせず攻撃し続けてください」


「あいよ!!」

「了解」


 三人が同時に散開する。

 体力でドラゴンを圧倒できるリオンが、剣と盾をぶつけて挑発を開始。背後からはドラゴンを速度で圧倒するマギカが、ヒットアンドアウェイを仕掛ける。


 それを遠巻きに眺めながら、アルトは工作に奔走する。

〈グレイブ〉と〈ハック〉の威力を最大にする。そのため、一度に仕掛けられる工作の数が激減した。

 せいぜい10個。これ以上は他に仕掛けた罠を維持できない。


 その10個の罠で、どこにどう移動するか分からないドラゴンの動きにすべて対処しなければいけない。

 細かい微調整を行い、アルトはドラゴンから距離を置いた。


 アルトの攻撃では、ドラゴンの鱗を貫けない。

 短剣は論外。魔術でも、高い精神力に弾かれる。


 とはいえ黙って眺めているわけにはいかない。

 アルトはマナに糸目をつけず、熱・水・風・土の魔術を放つ。


 無闇に放った魔術のほとんどが鱗で弾かれ消える。

 だが唯一、〈水魔術〉だけは消失までの時間が長かった。


「おっ? 〈水魔術〉の抵抗が若干低いのかな?」


 ならばとアルトは〈水魔術〉に絞って攻撃を開始。


〈水球(ウォータボール)〉、〈水刃(ウォータカッター)〉。

〈圧縮水球(ハイドリックボール)〉、〈圧縮水刃(ハイドリックカッター)。


 マナにものを言わせてガンガン攻撃を加える。


 ドラゴンは知恵が回る。

 単純に魔術を放っても、簡単に避けられてしまう。

 アルトは気配を隠しながら、隙が出来た瞬間を狙って急襲した。


 マギカは狙いが読めているようで、アルトの攻撃を気にも留めない。

 だが、リオンは魔術が横を通り過ぎるたびに小さく悲鳴を上げている。

 それが隙になって、ドラゴンから攻撃を受けては地面を舐めている。


 ちっともダメージを受けていないが……不憫だ。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 ドラゴンの出現に、リオンは沸き立った。

 日本でプレイしたことのあるゲームに、何度も登場しているドラゴンが、目の前に現われたのだから。

 あまりにらしい敵の出現に、心躍らぬリオンではなかった。


「俺が勇者の職業に就いてんのは、きっと、この瞬間のためだったんだ!」


 ドラゴンを倒すのは、勇者と相場が決まっている。

 まさに自分に相応しい相手だと、リオンは嬉嬉としてドラゴンに斬りかかる。


「せぇぇぇい!」


 リオンの全力攻撃は、しかしドラゴンの鱗に弾かれた。


「えっ、マジ?」


 さすがは龍鱗。

 ドワーフが作ったミスリル製の長剣だというのに、傷が付く気配を感じない。


 だが、リオンは諦めない。

 勇者にとっての因縁の相手が、簡単に殺せるようではガッカリだ。


「ボロボロになりながらも、最後の最後まで諦めず戦い、勝利をもぎ取る。これぞ勇者的ブレイブストーリ――ぶげらぼぐらどべっ!!」


 ドラゴンの尾を食らい、地面を転がる。

 全身がバラバラになるほどの痛みが走る。


 しかしそれもすぐに消える。

 ヴァンパイアの種族特性によって、全身が急速に回復しているのだ。


 リオンは頭を振って、立ち上がる。

 盾役が前戦を離脱してしまった。

 すぐに戻らねば、中衛(マギカ)と後衛(アルト)が危険だ。


「って、いや、そんなこともねぇなありゃ……」


 少し離れた場所から見る戦闘風景は、かなり一方的なものだった。


 マギカは速度でドラゴンを圧倒している。

 あまりに速すぎて、ドラゴンが追いつけていない。

 ドラゴンの攻撃が、当たる気配すら感じない。


 マギカの体力が続けば、このままドラゴンを完封してしまえそうだ。


(あの犬ころ、マジですげぇな)

(けど、犬ころもやべぇけど、師匠はもっとやべぇ)


 マギカ以上に戦況を一方的にしているのは、アルトだった。

 彼は随時、宙に魔術を生み出し続けている。


 魔術を生み、宙で初級から中級、中級から上級へと、徐々に性能を上げていく。

 威力が頃合いになった魔術を、順番にドラゴンへと撃ち放っていた。

 それも、マシンガンのような速度で、だ。


 待機中の魔術の数は、100を超える。


(やべぇ)

(なんだよあの魔術の量……)

(師匠は本当に人間か?)

(頭おかしいだろ、あれ……)


 これまでリオンは約七年の間、アルトとともにダンジョンでレベリングを行って来た。

 アルトの戦い方は、これまでずっと見てきたつもりだった。


 だがその戦い方は、アルトがもつ戦法の一つでしかなかったのだ。


「これが、師匠の本気……」


 あるいはまだ、奥の手を残している可能性もある。

 リオンの背筋がぶるりと震えた。


 相変わらず、底知れない子どもだ。

 底知れなさを感じたからこそ、リオンはアルトについて行こうと思った。


 勇者としての自分が大好きで、自分こそが(いずれは)最強だと疑わないリオンだが、アルトには決して敵わないと感じている。


 ――戦闘時の凄みが、違い過ぎる。


「……っと、こうしちゃいられねぇや」


 リオンは己の頬を張り、剣を握りしめる。

 とんでもない化物たちに、肩を並べるために。

 気合を入れ直し、リオンはドラゴンの元へと、剣を振り上げ走って行くのだった。

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