第65話 対ドラゴン戦2

 口から吐き出されるブレスを浴びれば、一瞬で炭になる。

 振るわれる尾に当たれば、防具もろともミンチだ。


 爪攻撃は最悪。直撃せずとも切り裂かれる。

〈風魔術〉の刃で射程を伸ばしているのだ。


 いずれの攻撃も、アルトやマギカでは耐えられない。

 掠っただけで致命傷だ。


 その攻撃を、何発も受けては立ち直ってるリオンはおかしい。

 あれは特別だ。決して真似をしてはいけない。


 アルトの魔術に合わせるように、マギカも回転数を上げている。

 彼女は前回のプラントオーガ戦から、大幅に成長していた。


 その動きは、もはやアルトの目で追いきれない。

 単純に、速度が速いだけではない。

 彼女が使うフェイントがあまりに巧みで、あっさり視界から抜け出してしまうのだ。


 特に殺気を用いたフェイントは素晴らしい。

 殺気を飛ばして相手に警戒を促し、その警戒網をするりと抜けていく。


(あの技術、真似させてもらおう)


 攻撃力もますます上がっている。

 現在の通常攻撃は、プラントオーガと戦った頃の宝具攻撃と同等の威力があるように見える。


 それほどの攻撃を受けても、やはりドラゴンは倒れない。

 龍鱗が堅すぎて、中までダメージが届かないのだ。


(……いや、ダメージが少しずつ蓄積されてるかも?)


 アルトは連続で放った〈圧縮水球(ハイドリツクボール)〉、〈圧縮水刃(ハイドリツクカツター)〉を、人間でいう延髄の辺りに集中して被弾させる。


 ドラゴンの動きが、徐々に鈍っていく。


 魔術が直撃した部分を、マギカが連打。

 それでやっと、鱗が一枚剥がれ落ちた。


 たった一枚。

 されど一枚だ。


「オオォォォォォォン!!」


 鱗が剥がれた痛みからか、ドラゴンが目を血走らせて咆吼する。


 怒りに任せるように、思い切り首を反らせて口から巨大な炎を吐き出す。

 攻撃を加え続けたマギカやアルトに――、


「なんでだよ!?」


 ――向かわずに、リオンが炎の直撃を食らった。

 ドラゴンの怒りはいまや、リオン一人にだけ向けられている。


「ちょ、ちょっと待てって! 俺、全然攻撃当ててないから!! 当ててるのは犬ころと師匠だからぁ!! なあ、ちょっと聞い――いだ、いだだだ! 痛い痛い!!」


 目を血走らせたドラゴンが、リオンに噛みついた。

 哀れ、リオンがドラゴンの餌になってしまった。


「だぁかぁらぁ! 俺は悪くないっつってんだろ!!」


 リオンが口の中から一閃。

 防御力が低い粘膜への攻撃で、ドラゴンが怯んだ。

 その隙に、リオンがドラゴンの口から逃げ出した。


 ドラゴンは口から血を吐きながら、恨みがましい視線をリオンに向ける。


(もしかしてリオンは、挑発系のスキルを複数取得してるのかな?)


 思い返せば70層で魔物に囲まれたときもそうだった。

 魔物たちは、リオンを執拗に狙い続けた。


 もしかするとその頃から、スキルが開放されていたのかもしれない。

 そしてこの戦闘で熟練がじわじわ上がり、ドラゴンでさえ無視出来ないほどの〈挑発〉に至ったと……。


(にしても、やけに効果が高いなあ……)


〈挑発〉だけで説明が付かないほど、ドラゴンはリオンに執着していた。


「執着……。ああ、なるほど」


 それに気付いたアルトが、ぽんと手を叩いた。


 ヴァンパイア固有の精神魔術である〈誘惑〉を、彼は知らず知らずのうちに発動しているのだ。

〈挑発〉と〈誘惑〉の合わせ技なら、ドラゴンの異様な執着が説明できる。


 この戦いで、リオンは完全無欠のメイン盾として覚醒したのだった。


 ドラゴンの攻撃を、リオンが必死に耐え凌ぐ。

 その間にマギカが連打を浴びせる。


 マギカに当たる恐れのある攻撃を、アルトは即座に〈ハック〉でそらす。


 アルトは〈ハック〉を使いながら、リオンやマギカに向けられた致命的な攻撃を防ぎつつ、〈上級水魔術〉を惜しげもなくドラゴンにぶち当てていく。


 ドラゴンの体力が徐々に低下し、ふらついたところを〈グレイブ〉で捕縛。

 生じた大きな隙に合わせて、マギカが宝具を発動した。


 体中の龍鱗を飛ばしながら、それでもリオンをガブガブし続けたドラゴンが、終にその生命力を失って地面に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……」

「ひ、ひでぇ目に遭ったぜ……」


 ここまで2~3時間は戦い続けていた。

 リオンがドラゴンのヘイトをすべて持ってくれたおかげで、通常では考えられないほど、安全な戦いになった。


「ありがとうモブ男さん。あなたの活躍は永遠に忘れません……」

「死んでないから! 俺まだ死んでないから!!」


 口の中から這い出てきたリオンが、目に涙をためて抗議する。

 その体はドラゴンの血液と唾液とで、ネチョネチョである。

 リオンが近づいてくるが、アルトは近づいた分だけ遠ざかる。


「……なんで避けるんだよ?」

「いえ、神々しくて近寄りがたいと思いまして」


 嘘である。

 血液と唾液まみれの彼に近づきたくないだけである。

 だがその言葉でリオンが顎を上げた。


「だろっ? そうだろ!? ああ、どうしよう。勇者であるばかりか、ドラゴンキラーにもなってしまった……。これじゃあ、世界の救世主待ったナシだぜ!!」

「……」


 よくもまあ、ねちょねちょの体で悦に浸れるものだ。

 ある意味すごい。

 うっかり尊敬してしまいそうになる。


「このドラゴンは、きっと劣等種でしょうね」

「でもドラゴンなんだろ?」

「リザードとスライミーリザードくらい違います」

「いやその喩え、わかんねぇから……」


「んー。いまのドラゴンは、言葉を話しませんでしたよね」

「そうだな」

「ドラゴンは人間と同じように、言葉を話せます」

「ふぅん。じゃあ声帯ってどうなってんだ?」


 また微妙な質問を……。

 アルトはぐっと言葉に詰まった。


 時々こうした鋭い質問をするので、リオンはただの阿呆ではない。

 馬鹿ではあるが……。


「そんな、生物学的なことは知りませんよ。人間の言葉を真似する鳥だっているくらいですから、ドラゴンが喋ったって別に驚くようなことではないでしょう?」

「たしかにそうだな……」


「話を戻しますが、このドラゴンは言葉を話せませんでした。なので、見た目はドラゴンだけど、その実態は劣等種(レツサー)かと思われます。実力は他の原典種と劣等種の関係くらい離れていると考えて間違いないでしょう」


 そもそも、現状の3人でドラゴンが倒せるはずがない。

 ドラゴンとは、それほど易い生物ではないのだ。


 劣等種ドラゴンの体を隅々まで眺めていたマギカが、アルトの元に戻ってきた。

 表情はいつも通りだけれど、耳やしっぽが満足そうにピコピコ踊っている。どうやら今回の戦闘で、実力を遺憾なく発揮出来て嬉しいようだ。


 アルトは、少々物足りなかった。


(アタッカーとして戦いたかったなあ)


 そんなことを考えていると、突如として猛烈な倦怠感が襲ってきた。

 レベルアップ酔いだ。


 それはマギカやリオンも同様だった。

 三人は苦渋の表情となり地面に腰を下ろす。


「こ、これは……」


 非常にまずい。

 アルトは即座に〈グレイブ〉を展開。

 リオンとマギカを、自らの元に引きよせた。


「なに、すんだよ師匠。離れろよ……」

「このままだと、死にますよ」


 現在は冬だ。それも、もう日が落ちている。

 このまま気絶すれば、凍死の未来が待っている。


(やばい)

(シャレにならない)


 アルトは歯を食いしばり、周囲を〈グレイブ〉で固めてルゥを呼ぶ。


「ルゥ、ごめん。もし天幕に、布があったら、ここまで持ってきてくれる?」


『それくらいおやすい御用だよ!』

 そう言うように、ルゥがぽんぽん刎ねて壊れた天幕まで駆けていく。


 ルゥの姿を追っている途中で、アルトの意識は突如として途切れて消えた。


>>【Pt】1→2

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